悲しみの5段階

· 2017年10月1日

時に私達は、言葉では表現できないような悲しみにかられてしまうことがあります。静かに、心を自分のポケットにしまってしまうような悲しみです。何がその悲しみを引き起こすのかは分からないけれど、一つ言えることは、いつもの熱意だけではそうした悲しみの日々に向き合うことができないということです。

何がこうした状態を引き起こすのでしょか?鬱の話ではありません。それは全く別の話です。ここで話しているのは、心の温度計で自分の気分がゼロに落ちてしまう時のことです。いつもの習慣から脱線して、希望を捨ててしまう時のことです。

「悲しみの鳥に自分の頭上を飛ばせないようにすることはできないが、自分の頭に巣を作らせないようにすることはできる。」

―中国のことわざ

一つハッキリと分かっていることがあります。それは、悲しみは理解すべきメッセージではあるが、永続的な感情ではないということです。しかし、今日では自分を悲しみにゆだねることが一切ありません。脳にとって水路のような役割をするこの感情への余裕がないのです。私達はこの感情を無視するように義務付けられているに等しく、全てが大丈夫だと振る舞い、失望や欲求不満、不快感に免疫があると見せるという意味では、アカデミー賞の主演賞並みの演技です。
ところが、この頑丈な鎧をそう長く着けていられる人は誰もいません。あらゆる情報や本、刊行物を頼ることができても、悲しみが病的であるという考えを捨てることはありません。

悲しみは私達人間に本来内在しているものです。ですから、こうした嘘を解明していきましょう。私達は悲しみを理解すべきなのです。そして、それは「頑張りなさい、人生ってそんなものだ」といった掛け声で治るものではないのです。悲しみにはそれなりの段階があるのです。その段階について下に説明します。

森を歩く狐

1. 脳からの警告のとしての悲しみ

悲しみは、いつもエネルギーが無い状態として現れます。しかし鬱を伴う失望と静止のレベルには到達していません。鬱よりもっと軽く、軽微なものです。内面へと隠れる必要を感じ、アパシーという無関心な感情と説明できない疲れを伴います。

この身体面での反応は、脳が警告を発するメカニズムへの応答です。自分の内面とつながることができるように、周りの刺激から身を引かせる働きをするのです。そうして気がかりなことだったり、悩みごとだったり、不快に感じることなどをもっと深く追求する必要があるのです。

2. エネルギー温存としての悲しみ

バーナード・ティエリーはこうしたマイナスの感情を長年研究している生物学者であり生理学者です。ティエリーによると、悲しみは小さな冬眠状態を誘発するのだそうです。

私達は悲しみによって一時停止状態になり、静止と内省へと追いやられていきます。そうなることで、特定の出来事を振り返ることができるだけでなく、その時あまり優先順位の高くない作業に自分のエネルギーを無駄遣いしたりしないことを脳が確認できるのです。

自分に集中することで苦痛を解消することは必要不可欠です。しかし、私達はこのエネルギー節約の必要性にいつも注意を払っているわけではありません。この必要性を無視し、何事もなかったかのように日常生活を続けてしまうのです。

3. セルフケアとしての悲しみ

悲しみをマイナスの感情として分類するのが嫌いな心理学者はたくさんいます。全ての行動や心理的現象を分類しようとするほぼ強迫的なまでの執着のせいで、私達は時々そうした行動や現象の見方を失うことがあります。

悲しみは悪いことではありません。しかし、悲しみはプラスでもありません。それはただ警告のメカニズムとして作動する感情なのです。悲しみは貴重で必要な物を教えてくれます。例えば、「ちょっと立ち止まって、自分に耳を傾けてみて、自分のことをいたわって、自分の心と話をしてみて、そして、自分に何が起きているか理解してみて。」という風に。

ですから、次に友達や、家族やパートナーが「今日は一体、私どうしてしまったのかな、悲しい」と言う時には、「心配しないで。ハッピーでいよう」と言うべきではないのです。

夜道を歩く

こういった時かけるべき言葉は、実はいたってシンプルです。「あなたが必要なものが何か教えて」ということです。こうした発言は彼らに問題の根本について考えさせるきっかけになり、そうすることで彼らは本当に必要としているものが何かを深く理解することができるのです。

4. 憧れとしての悲しみ

悲しみは、憧れと憂鬱の間を揺れ動く、変わったところがあります。それは何かが欠如しているということです。相反する感情によって、また空っぽの空間と名前のない欲求によって、押し潰されてしまっているように感じるため、すぐさま失望を感じ始めてしまうのです。

「悲しい心の時、陽気を装うことは難しい。」
―ティブッルス

人間が持つ最も洗練された繊細さが悲しみであるとよく言われます。悲しみによって人はより創造的になり、芸術や音楽、文学と戯れることで全ての相反する感情とつながるのです。

しかしながら、悲しみは芸術家の心に火を灯すことはできても、感情的未熟さしか居住することのない、この憧れと憂鬱と空虚の地に永遠に留まることは、誰にもできないのです。

5. 心理的発達の策略としての悲しみ

アブラハム・マズローの欲求の階層で最も高い階層には、自己実現があります。このほぼ理想的な心理的成長のピークが自尊心や感情的強さといった基本的な原理を含んでいることを忘れてはいけません。

自らの悲しみを理解できない人、または悲しみの前に崩れ落ちる人は、自らの欲求を遮断し、他人の手に欲求とアイデンティティーをゆだねてしまうことを選ぶ人です。

自分の感情を理解し、自分という世界の君主として自分の気持ちを持ち上げることは自身の心理的成長への根本的貢献になります。ですから、悲しみを弱さや脆弱性といった言葉と結びつけるのは止めましょう。

なぜなら、自らの悲しみを認識しそれに直面するどの人にも真の英雄が隠れているからなのです。