根本的な帰属の誤りとは

2019年4月20日

日々私たちが目にする情報すべてを精査することは不可能です。インターネットやソーシャルメディアの台頭を考えればなおさらです。私たちは、自分たちが持っている、または見つけられる情報に基づいて、常に決断を下さなければなりません。

情報が過多であるにもかかわらず、十分に精査する時間はなく、人間はヒューリスティクスに基づいて安易に決断を下してしまいます。これによって、根本的な帰属の誤りのような偏見が生み出されるようになります(ギルバート, 1989)。

根本的な帰属の誤りは、私たちが当てる帰属に影響し、それをわい曲します。これは、他人のふるまいを説明・帰属・解釈する際に、内的かつ個人的な性質や動機を過剰に見積もってしまう傾向です。 

 

裁判
カストロ実験

エドワード・E・ジョーンズやキース・デイビス(1967)は、どのように帰属が機能するのかを試験するための研究を行いました。特に、好ましくない姿勢に対する非難の帰属の仕方に注目しています。この現象を明確にするために、実験を詳しく見ていきましょう。

この実験では、被験者はフィデル・カストロに反する論文と、フィデル・カストロを支持するものを与えられます。それから、フィデル・カストロに対する著者の帰属を評価しなくてはいけません。被験者が出した帰属は、文章の内容に帰属されたものと同じものでした。フィデル・カストロを支持した内容を書いた人はフィデル・カストロ支持者であり、彼に反する内容を書いた人はフィデル・カストロの反対者ということです。

ここまでは、予想通り結果です。著者が自由に書いたと考える時、与えられた帰属は内的です。被験者は、著者が自分の信念に基づいてこれらの論文を書いたと信じました。しかし、一部の被験者には、カストロ支持または反対の記事を書いたのは偶然だと伝えます。つまり、支持する記事を書くか、反対する記事を書くかは、コイントスによって決められたということです。

この新しい情報で、被験者たちは外的な帰属を求めると研究者は期待していました。しかし、それでも帰属は内的なものに留まったのです。執筆の動機が何であれ、支持する内容を書いたら支持したことになり、反対した内容を書いたら反対したことになるということです。人間の脳がこのように働くのは、とても興味深いことです。

 

指さし
内的帰属と外的帰属

そもそも、内的帰属と外的帰属とは何でしょうか?これら2つの違いは何でしょう?これらは、理由や原因を意味します(ロス, 1977)。それゆえに、内的な帰属は、個人、特にその人の内面的な特性が、結果の理由であるとします。これらの内的な特性とは、姿勢や人格などです。例えば、誰かが試験に失敗したり、仕事を首になったら、内的な原因のせいにするであろうということです。 頭が悪いから試験に落ちたんだ、ナマケモノだから首になったんだ、というようなことです。頭が悪いやナマケモノというのは、人の変わらない性質であるとします。

外的な帰属は、状況、変化、危険な要因などの影響を意味します。ひとつ前の例で見てみると、誰かが首になったら、たまたま運が悪かったか、上司が無能であると思います。このケースでは、運の悪い日あるいは第3者の内的特性など、帰属は環境的な出来事に即しています。

根本的な帰属の誤りの説明

どうやって根本的な帰属の誤りが起こるのかを説明するいくつかの説が存在します。明確には分かっていませんが、いくつかの説では仮定をうちたてています。その説のひとつが、「公正世界仮説」(ラーナー, ミラー, 1977)です。この仮説によれば、人は自分に値するものを手に入れ、自分の手にしたものを得るに値します。 嫌いな人の失敗を状況的な要因ではなく性格に帰属させることは、公正世界を信じるために必要なことです。この信念が、人間は自分たちの人生をコントロールする力があるという考えを強化します。

もう一つの仮説が、行動者のコミュニケーションというものです(レッサー、ギアス、マンホール、プロウツ-ジンダー、ブレステンベッカー, 2002)。ある行動に注目する際、個人が拠り所となります。その人が置かれた状況は、ただの背景であるかのように無視してしまいます。それゆえに、ふるまいの帰属は観察している人に基づきます。逆に、自分自身を観察する時は、人は自分にかかっている力を意識します。その為、外的な帰属になるのです。

伏見稲荷
文化と根本的な帰属の誤り

根本的な帰属の誤りは、世界中のどこでも同じように起こるわけではありません。これは個人主義の文化でより多く見られるということを発見した研究者もいます(マーカス、北山、1991)。個人主義の人は、 集産主義文化の人よりも、偏見の罠に落ちてしまいがちです。アジア人はより状況に帰属を求めますが、欧米人は行動者のふるまいのせいにします。

文化がこのような違いを生み出します。欧米に多い個人主義者は、自分を独立した個と見なし、文脈的な詳細よりも個々の対象に寄ってしまう傾向にあります。逆に、集産主義者はより文脈に注意します。

このよくある違いは、絵画などにも見られます。欧米の芸術家は、人物を絵画に大きく書き、細かさにはあまり注目しません。しかし、日本などの国では、事細かに描かれた風景に佇む小さな人たちが描かれています。

見てきたように、文化などの要因があるために、偏見は回避することが困難です。しかし、回避不可能というわけでもありません。根本的な帰属の誤りを正すためのテクニックがあります(ギルバート、1989)。

  • 合意性情報に注意する。多くの人が同じ状況で、同じような風に行動したら、原因は状況かもしれない。
  • 同じ状況で自分ならどう行動するか自問する。
  • 見えない原因を探す。特に、あまり目立たないもの。
Gilbert, D. T. (1989). Thinking lightly about others: Automatic components of the social inference process. In J. S. Uleman & J. A. Bargh (Eds.), Unintended thought (pp. 189–211). New York: Guilford Press. Jones, E. E. & Harris, V. A. (1967). The attribution of attitudes. Journal of Experimental Social Psychology, 3, 1–24 Lassiter, F. D., Geers, A. L., Munhall, P. J., Ploutz-Snyder, R. J. y Breitenbecher, D. L. (2002). Illusory causation: Why it occurs. Psychological Sciences, 13, 299-305. Lerner, M. J. & Miller, D. T. (1977). Just world research and the attribution process: Looking back and ahead. Psychological Bulletin, 85, 1030-1051. Markus, H. R., & Kitayama, S. (1991). Culture and the self: Implications for cognition, emotion, and motivation. Psychological Review, 98, 224-253. Ross, L. (1977). The intuitive psychologist and his shortcomings: Distortions in the attribution process. ‘In L. Berkowitz (Ed.), Advances in experimental social psychology (vol. 10, pp. 173–220). New York: Academic Press.