日常生活における無意識の現れ

· 2019年2月10日

心理学の父であるジークムント・フロイトは当時、どの科学者も目を向けなった現象に注目しました。その内の1つが、日常生活における無意識の現れです。彼は自身の観察記録として『日常の精神病理学』という本を執筆しました。

この本で、フロイトは私たちが「無意識」と呼ぶ領域から生じる日々の小さな現象を明らかにしました。無意識には論理性や発話性はなく、それが表面化することで失言やフロイト的失言、忘却などが生じるといいます。

この発見の最も興味深い点の1つは、これらの主張が理性(意識的プロセス)が人間の行動を駆り立てる唯一のものであるという考えを根底から覆したところです。

重要なポイントは、無意識の感情が意識の領域を媒介せず表出しているとフロイトが指摘した点です。さらに、それらの感情を無視し続けると、病の悪化を招くことになるというのです。

「あなたが潜在意識を意識するまで、あなたの人生はそれに左右され続け、あなたはそれを運命と呼ぶのです。」

-カール・ユング-

失言:日常生活における最も一般的な無意識の表出

失言はミススピーキングやスピーチエラーとしても知られています。これは何かを言おうとして、違うことを言ってしまう状況のことです。失言をして人に笑われた経験がある人も多いでしょう。しかし、病理学的にこれらの失言現象を観察したフロイトは、これがただの意味のない言い間違えではないということを明らかにしました。また、潜在意識に眠る内容や願望が言葉として表面化してしまうことをフロイト的失言と言います。

失言は、言葉や文章として表出します。また、これはいつでも誰にでも起こるといいます。実際、有名な失言は数多くあり、元スペイン首相のマリアーノ・ラホイも「あなたがしなくて、私たちがしたこと、それは人々を欺くことだ」と会議の最中に口を滑らせています。

他にも、元コロンビア大統領であり2016年のノーベル賞受賞者であるフアン・マヌエル・サントスは議論中に「再選のための投票を」と言おうとしたところ、「その投票数では、汚職を無効にすることはできない」という失言をしています。

このように、失言というのはその人の罪の意識の表面化した言葉であり、それを告白することで罪を償おうとしているのです。この現象は、日常生活におけるもっとも一般的な無意識の現れの1つとして知られています。

忘却:日常生活におけるもっとも一般的な無意識の現れのもう1つの例

記憶として保管されている内容をいつでも思い出すことができるとは限りません。ある特定の記憶を思い出そうとしているときに、その部分の記憶だけがどうしても思い出せないという経験を一度はしたことがあると思います。特に、具体的な言葉を思い出そうとしたときにこの現象は顕著に現れます。そして不思議なことに、それは覚えておかなくてはいけないことだったり、いつもしている事に関係している記憶なのです。

例えば、誰かに何回もされたお願い事を「忘れて」しまうことや毎日話している同僚の名前を忘れてしまうことなどです。もしくは、何時間も練習したプレゼンテーションの最中に頭が真っ白になってしまうことがなどがこの忘却にあたります。

精神分析学的に見ると、上記の例はすべて無意識の現れなのです。ここでなにが起きているかというと、私たちは解決していない願望や恐れ、内容に関連した情報を拒絶しており、それが忘却を引き起こしているのです。これにより、今すぐにはしたくない仕事や嫌いな同僚の名前、誰かに批判されるかもしれない発表内容は忘れてしまうのです。

雲と女性

「表出しない感情がなくなることはない。それらは生き埋めにされ、より醜い形で突出する。」

-ジークムント・フロイト-

フロイト的失言

フロイト的失言もしくは失錯行為は失言と似ています。しかし、それらは言語としてだけ現れるのではなく、行動として表出します。これからしようと思っていたこととは全く違うことをしてしまうことなどがこの現象の特徴です。潜在意識が、私たちの認識よりも強い秘められた願望を意識に語り掛けることで、これが生じます。

フロイト的失言の事例は次の通りです。例えば、とても怖い歯科医院に公共機関を使って向かっていたとします。道順はしっかりと確認しています。しかし結果として、間違ったバスや地下鉄に乗り、歯科医院とはかけ離れた目的地に着いてしまうのです。これは、歯医者に行きたくないという強い拒絶心が意識をコントロールしたという仮説を立てることができるでしょう。

これらの無意識の現れは、ただの間違いでは決してなく、私たちの奥深くに眠る思いを明らかにしています。それらはいずれ吹き出してしまう内なる感情が表面化しているのです。

「幾度も失敗することで、人間は真実にたどり着く。」

-ジークムント・フロイト-

Wagner, W., Hayes, N., & Flores, F. (2011). El discurso de lo cotidiano y el sentido común. La teoría de las representaciones sociales. Barcelona: Anthropos.