アデル、ブルーは熱い色:愛の二面性

· 2018年1月16日

アデルは世間で自分の居場所を探すティーエイジャーです。はつらつとした青春の真っただ中で、アデルはエマに出会い陶酔しますが、今となっては見知らぬ人となってしまいます。こうしてアデルは初恋を知るのです。初恋と共に訪れたのは、ファーストキス、情熱、優しい愛撫。献身、共存。しかし、時と共に、初めての喧嘩も経験します。繰り返すだけの日々という退屈さと初めての複雑な問題。それは取り返しのつかない結果、つまり初めての失恋に到達するまで続きます。

この映画は私達に愛の二面性の両部分を同等に教えてくれます。アデルのスパゲッティの食べ方と同じくらいとても現実的な形でです。性の多様性を啓発する映画としてだけでなく、この映画はあらゆる形の恋愛に捧げられた賛歌でもあります。それは人生で最高と最悪なものを可能にする万国共通の愛です。

人生の機動力として、活力として、そして感情と行動の尽きることのない源として愛すること。この映画を見ると、愛を感じることができます。愛をはらわたに感じ、その匂いさえ感じられるようです。感情がスクリーンを飛び出し、私達の網膜に飛び込んで、初恋を思い出させ、感じさせるのです。良くも悪くも、このような眠っていた、またきっと忘れられさえしていた感情を解放するのです。

主要登場人物

両女優とも常に荘厳で迫真ある演技をしています。彼女たちの髪、お互いを見つめる眼、身振り手振り。両登場人物ともあまりに上手く演じられているので、彼女たちの実生活を覗いているのではないかと感じてしまうことがあるほどです。まるで覗き穴から生活を見ている人のようです。

アデルとエマ

一方で、ポニーテールをいつもその場で振り乱した若いアデルがいます。彼女は人生経験が未熟です。感情的で、情熱的で、タフで、好色的で、不安定で、強い存在です。その一方で、創造性やオリジナリティ、知的かつ文化的な生活、冷たさ、分析能力、平穏、そして一貫性を訴えているように見える短く青い髪をしたエマがいます。

この2人はやがて衝突します。しばらくの間、2人は溶け合い、全てを青色に染めていきますが、もう一度離れてしまいます。お互いに報い、傷痕、足跡を残す離別です。

愛とは?

愛、その起源、その構成要素、その多様な形を説明する強力な心理学的仮説が存在します。それが愛の三角理論です。The Triangular Theory of Love: Intimacy, Passion and Commitment(愛の三角理論:親密性、情熱とコミットメント)」という著書の中でロバート・スタンバーグは、真実の愛が存在するためには、3つの基本的な要素が共存しなければいけないと提案しています。

  • 親密性:肉体的にも感情的にもお互いに近しくなる必要性
  • 情熱:激しい性的または恋愛願望
  • コミットメント:相手と築いた絆を維持し、その範疇で責任のある行動を取ろうという意志

この3つの要素が映画に登場し、これらがエスカレートしていくところを見ることもできます。まず、アデルはエマにまた会いたい、エマをもう一度見たい、エマをもっとよく知りたいという欲求を感じます。親密性の願望が作用し始めるのです。最初の壁を超えたその後、性的願望という情熱を目にします。

少女たちが維持していた関係の中でこの角度が強く、不安定な形になり、恋愛関係を開始するかどうかという決断を下すのにとても重要な役割を果たすことになります。私達はいかにコミットメントが本当の複雑な問題をもたらすかということを目撃します。そして、彼女たちの関係の安定性そのものの真価を問うことになるのはこの角度なのです。

この物語の著者によると、3つの要素を合わせた関係の方が単に二つの要素が合わさった関係や一つの要素が孤立した関係よりも長持ちする可能性が高いと言います。スタンバーグによると、7つの愛のタイプを決定する7つの可能な組み合わせが存在します。

  • 好愛タイプ:親密性
  • 情愛タイプ:親密性+情熱
  • 心酔愛タイプ:情熱
  • 愚愛タイプ:情熱+コミットメント
  • 虚愛タイプ:コミットメント
  • 友愛タイプ:親密性+コミットメント
  • 完全愛タイプ:親密性+情熱+コミットメント

愛の三角理論

初恋

この同じ論理に従うと、初恋は人生の歴史で初めて上記のタイプのどれかを感じることだと言えます。アデルの場合のように、これは青年期に起こることが一般的です。だから、初恋について語る時、そうした特定の期間について考える傾向にあるのです。しかし、初恋がこうした活気のある期間で必ずしも起こるわけではないということも事実です。愛を大変早い年齢で体験する人もいれば、もっと遅い年齢で経験する人もいます。

心理学的観点から見ると、初恋は、最も幼い頃に愛着の最初の対象(通常、母親)と築いた絆のタイプによって決められると考えられています。

従って、初恋は私達が持つことになるであろう未来の関係の決定的要因となるのです。初恋は、私達が多くを学ぶことになる新しい体験の尽きることのない源となり続けるのです。欲しいもの、欲しくないもの両方の面でです。

初めての失恋

最後には、初めての大きな愛を失って苦んだせいで、痛みと惨めさでいっぱいになって壊れてしまったアデルを目にすることになります。彼女たちは別れてから少し経った後に、美しくも破壊的な出会いをします。そこで、エマはアデルに、もう愛してはいないけれど、アデルに対して永遠なる慈愛を感じてはいるということをアデルに訴えます。

なくアデル

スタンバーグの三角形に戻ると、この慈愛は情熱とコミットメントはない親密性の願望と認めることができます。しかし、エマの言葉に反して、彼女たちお互いに情熱が残っていることを私達は目にします。これは別れてしまう多くの関係に発生することです。相手への情熱、または性的願望が依然として残るのです。

初めての失恋と言うと、最初の大きな愛の喪失のことを指します。苦しみ、落ち込み、学び、成長する愛の喪失です。心理的プロセスの面で、この初めての喪失は深い悲しみのプロセスとしても定義できるかもしれません。そのため、この喪失を受け入れる前に、通る必要がある一連のステップがあるのです。

好奇心と終幕

この映画は、ジュリー・マロによる漫画「ブルーは熱い色」に様々な青色の色彩による脚色がなされたものです。そのため、この映画自体では、エマの髪からアデルの洋服まで全てが青色で満ちているように見えるのです。この色の扱い方は、素晴らしい3部作映画「トリコロール」に若干似ています。特に愛ではなく自由を象徴する色である、ジュリエット・ビノシュ主演の「ブルー」に似ています。

フランス語の原題では、「1~2章」も含まれていたようです。これはこの若者の人生についての更なる章への道が開かれたということです。待ちきれないほどに楽しみな章です。アデルの人生に何が起こるのかを目にするだけでなく、アデル・エグザルホプロスを演じる素晴らしい女優の芸術的な進化を目にすることも期待できます。