不合理な考え=ネガティブな考えではない

2019年10月24日
ポジティブな考えも、時としてネガティブな考えと同じように不合理で非生産的なこともあります。この記事では、巧妙な認知的再構築と、ポジティブでも不適合な考えの危険性について紹介します。

不合理な考えとその適応に関するソクラテスの論議は、心理学での分野で、明確な議題としてよく議論されます。社交不安障害から、人間関係が原因の暴力、または外傷後ストレスまで様々です。

認知的再構築は心理学的治療における共通点のことを指し、心理学の進歩や、異なる心理学モデルの境界線をも超えたといってもいいでしょう。常にどの方法が一番合理的で、役立ち、効果があるかを模索している状態です。

評価の段階から、治療の最後まで使用することが可能な認知的再構築は、個人の不合理な考え方を見つけ出し、そのトピックに関する別の考えを植え付けるというものです。この不合理な考え方が、個人的な気分に影響を与えていると自身で感じる人もいることでしょう。また、この認知的再構築を通して、その不合理な考えが影響している行動パターンにも気づくことができます。

認知再構築が治療方法として広がると、個人が自分の不合理な考えについて理解しやすくなることでしょう。そしてまた、より適切な考えに差し替えすることができるようになるのです

しかし、そのような元となる考えを育てていく際に、ポジティブな考えを合理的な考えだとはきちがえてしまうことがよくあります

不合理な考えと、合理的な考えの違い

不合理な考え ネガティブ

不合理な考えは、非常に不愉快な感情を引き出してしまいます。怒りや、後悔、または恐怖までもを引き出してしまうことがあります。このような考えは長期的なもので、「決して」や「いつも」など、極端な頻度を表す副詞と一緒に表現されることがほとんどです。いわばこれは、幸せでなければならない、こうあるべきだ、またはこれを所有していないといけないなどの、自己に課している要求の現れです。

加えて、このような考えは証明できるものではありません。一方で、合理的な考えとは、証明できるものです。合理的な考えは、感情のレベルが低く、例えば、怒りの代わりに不快という言葉を、後悔の代わりにあきらめという言葉、また恐怖の代わりに恐れという言葉を使って表現されます。

どちらの場合にせよ、怒りが幸せに変わったわけではないということを、ここで強調しておきます。後悔が成功に、恐怖が勇気に変わったわけでもありません。合理的な考えとは、現実的で、調節ができる考えです。これが異常にポジティブな表現に変わってしますと、それもまた不合理な考えとなってしまいます。

さらに、もし不合理に変わる考え、または合理的な考えをポジティブな考えだと理解してしまったら、本当に合理的な考えを構築することは難しいでしょう。代わりに精神がすり減ってしまい、ネガティブな方向に進むこととなり、合理的な考えを構築することが、不可能に近くなります。

事例:パトリシアが仕事を失った時

では想像してみください。40歳のパトリシアという名前の女性が、銀行の事務の仕事を失ったとしましょう。パトリシアが持つ不合理的な考えは「もう絶対に仕事を見つけることができない」「私は使いものにならない」「もっと残業すればよかった」などでしょう。先ほど述べたように、このような表現の中に、極端な言葉遣いと、証明できない考えが現れているのがわかっていただけるでしょうか?

練習を経て、パトリシアは状況に対して適切な別の合理的な考えを持てるようになります。例えば「別の仕事を見つけられるかわからないけれど、頑張ってみよう」「仕事がなくなったけれど、だからと言って自分が使いものにならないということではないし、ただ私が必要でなくなっただけで、個人的に捉えるのはやめよう。私はまだ価値のある人間なのだから」「もっと残業できたかもしれないけれど、それが理由で辞めさせられたかどうかはわからない」などです。

後半の考え方を見てわかっていただけるように、考えに極端な表現はありません。生み出された結果は、憶測や、外部要素から自分を評価した軽蔑的なレッテルなどを元に、慌てて出されたものではないこともわかります。

ポジティブな考え方は不安にさせる

合理的な考え方

もしパトリシアが、不合理な考え方を適切な考え方に変える方法を知らなかったら、もしくは、彼女が得たガイドラインが適切なものではなかった場合、彼女が考える合理的な考えとは、「明日には仕事を見つけて、銀行で働いていたときと同じお給料を稼ぐ」「私は最高に優秀で、スキルはみんなよりも上」「残業の時間数は、わたしが辞めさせられたのとはなんの関係もない。ただ上司に嫌われていただけ」のようなものでしょう。

よく耳にするアドバイスとは裏腹に、ポジティブな考え方は、自分の思うように物事がいくと考えることではありません。ですから、このような考え方は、罠でいっぱいなのです。

バーバラ・エーレンライクやダレン・ブロウンが述べるように、極端なポジティブな考え方には害があります。人をだますような考え方で、不適切で非現実的な結果を抱くことになると主張しています。なんの証拠もない結論や理論を元に出された結論でしかありません。

不合理な考え方とポジティブな考え方

適切に、よく考慮した上で、結論を出すことがとても大切です。不合理な考え方はネガティブな場合もあります。実はネガティブな場合がほとんどですが、ポジティブな場合もあります。前者は、そのことを考えるとネガティブな感情を悪化してしまうことに繋がりますが、後者も異常に強い感情の表現に繋がってしまうことがあります。または、現実や本当の情報に基づいた考え方でないため、異常に高い期待を湧かせてしまうこともあります。そしてここでも、極端な表現が特徴です。

また、個人の概念に注意を払うことも重要です。どの範囲で合理的な考え方が生まれるのかを理解できるようになりましょう。そうするためには、事例などを挙げて、どのような不合理な考え方があるのか、考えてみるのがいいでしょう。

そうすることで、前もって自分を訓練しておくことができます。すると、日々の生活の中で、より適切な考えを生み出したいとき、自分にとって状況改善に効果的で役立つものを思い浮かべることができるでしょう。

  • Ehrenreich, B. (2009). Sonríe o muere. La trampa del pensamiento positivo. Madrid: Turner.