運命は勝手にやってきてドアをたたいたりしない

· 2018年12月14日

運命というのは、配送サービスは行っていません。自分の運命と出会いたいなら、運命がドアをたたいてくれるのを待つのではなく、外へ出て探さなくてはいけません。人生は魔法のように勝手に欲望を満たしてくれると思っているかもしれませんが、わたしたちの願いはそれを満たすために努力しない限り満たされません。それですら十分でない時さえあります。

人生の最高の瞬間は、物事を自分の手中に収めたときと言っても過言ではありません。難しいかもしれないけれど、自分の道を選ぶことを可能にした決断を下した瞬間です。祈ったり、何をしたらいいのか宇宙が合図を送ってくれるのを待ったりするのではなく、自分の願いを実現するために何を達成すべきか自分で理解すべきです。

「人生の最高の時は、自分の問題は自分のものだと理解できた時だ。母親、環境、大統領のせいにしない。自分の運命は自分で制御できると気づく瞬間だ。」

-アルバート・エリス-

決断が運命を決める

自分が進む一歩一歩と選んだ決断で運命を作り出しています。しかし、多くの人は良いことは勝手に起こるもので、運命がやってくるのを待つだけだと思っているようです。さて、わたしの見解から言うと、それではうまくいきません。自分の望むものを手に入れる唯一の方法は、そのために努力することです。

赤い空

運命はすでに決まっていると信じている人もいます。この考えによれば、人生ですべきことはすでに全て決まっています。これは、たまたま人が存在しているわけではなく、その存在には目的があるという考えです。

何を信じていたとしても、現実はわたしたちの運命はそれぞれ違っていて、すべて自分の決断によって作り出しているということです。すべきことは、求めるもののために戦うことです。自分の人生に正しいと思えることを行ってください。

運命:迷信か現実か

運命が私たちの人生にどのように影響を及ぼすかを分析したお話を見てみましょう。お楽しみあれ!

デイビッドは、とても信仰深く厳格で献身的なユダヤ人です。ある夜、彼が寝ているときに、夢の中に天使が現れました。

「デイビッド」と、天使は語り掛けます。「わたしは天国からあなたの願いを叶えるためにやってきました。神があなたに褒美を与えるように決めたため、彼は言伝と共に私を送り出したのです。望むものを何でも言いなさい。目覚めたとき、それを受け取ることができます。今起こっていることすべても覚えていられるので、これが夢だったとは思わないでしょう。さて、何を望みますか?」

デイビッドは少し考えて、しばらく自分の中で恐怖に思っていたことがあることを思い出しました。自分自身のです。彼は天使に尋ねます。「私が死ぬ正確な日にちと時間を教えて下さい。

これを聞いて、天使は以前にもまして顔色が悪くなり躊躇します。「それは私が教えて良いものか分からないのです。」

「望むものは何でも言って良いとおっしゃいました。これがわたしの望むものなのです。」

「これは褒美なのです。もしあなたが望むものを伝えたら、人生を怯えて過ごし、死まで残りの日数を数えることになるでしょう。」と天使は言います。「それでは褒美になりません。罰になってしまいます。別のものを望んでください。」

デイビッドはよくよく考えます。しかし、頭が死を考えるようになったら、それを忘れることはとても難しいことです。

「わかりました。それでは死ぬ日だけでよいので教えて下さい。」

天使は、デイビッドの気持ちを変えるためにできることはなく、質問に答えなければデビットに褒美を与えるという自分の使命を全うしないことになります。 そのため、気が進まないものの同意しました。

「あなたは良いユダヤ教徒であるため、最も神聖な日に命を落とすものの一人になるという名誉を賜りました。あなたは、安息日に亡くなります。」

これを伝えると、天使は去っていきました。デビッドは満足して、朝まで安眠します。

目覚めると、天使に言われた通り、すべてが鮮明に思い出されます。彼は安堵しました。自分が死ぬのは土曜日だとわかっているからです。

次の数日、金曜日までは問題なく過ぎ去ります。しかしこの日、デイビッドは震えて恐怖を感じ始めました。

死ぬのは今週の土曜日なのか?だからこそ天使が自分のところにやってきたのか?自分の人生の最後の日に礼拝所に行く意味はあるのか?死ぬわけだから、家にいたい。そこでデイビッドは自分が犯した間違いに気づきました。知るべきではないことを知ってしまい、そのせいで苦しみしか得られないのです。

最終的に、デイビッドは解決策を思いつきました。毎週金曜日の夜にトーラーを読んで、それをその日の最初の星が見えるまで続けよう。こうする理由は、この神聖な経典を呼んでいる間は誰も死ぬことがないとされているからです。

彼はこれを実践しました。2、3ヶ月経って、ある土曜の朝トーラーを読んでいる最中、誰かが必死に叫んでいるのが聞こえました。「火事だ!火事だ!家が燃えてる!出てこい!早く!火事だ!」

その日は休息日で、デイビッドは天使の言葉を思い出します。しかし、ゾーハルではトーラーを読んでいる間は安心だと説いていることも思い出します。自分を納得させるために、デイビッドは繰り返し唱えました。「何も悪いことは起こらない、わたしはトーラーを読んでいるんだから。」

しかし、道の声は叫び続けます。「今すぐみんな出てこい!早く!」

階段

デビッドは震えていました。自分の運命を受け入れる代わりに自分の命を救おうとしたために起こってしまったことです。彼はついに死んでしまうのです。自分を守ろうとした自分の試みの被害者になってしまったのです。

「もしかしてまだ時間はあるかも」デビッドは自分に言い聞かせます。トーラーを閉じて、火が燃え移っていないかどうか、階段を確認します。できるだけ早く階段を駆け下りようとしたところ、つまづいて床に倒れ込み、最後の段で首の後ろを打ちつけました。

その休息日に、デビッドは即死しました。彼は自分の運命を心配しすぎて、家事になっていたのは道の反対側の家で、彼の家に炎がうつることはないということに気がつかなかったのです。

「人というのは、自分がそれを避けるために進んだ道で運命に出会うものだ。」

-ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ-