詩の大切さ
驚くべきことが起こりました。コンテスト形式のテレビ番組「ゴット・タレント」のスペイン版で、詩人が優勝したのです。24歳のセサール・ブランドンが、彼の言葉だけで人々の心をつかむことに成功したのです。何の飾りもありません。詩だけです。一人で大きなステージに立ち、何百人もの人々の前で、その人たちの心に言葉を届けたのです。歌やジェスチャーも何もなく、ただ詩を読んだだけです。
セサールの人生は簡単な道ではなく、障害もありました。赤道ギニアで生まれ、7年前にスペインに移住しました。詩を書くことが誰にでも簡単でないことを考えれば、母国語でない言葉で詩を書くのがどれだけ大変か想像がつくでしょう。明らかにスキルが足りていないと諦めるのではなく、努力、希望と忍耐がなければ、普通は成功できないということがわかります。
詩を一から書くこと
セサールは「ゼロの詩」という詩で一般の人に知られるようになりました。その中で彼は、ゼロが1を見つけ、二人でとても幸せになるというお話を語ります。しかしその幸せは、ゼロがマイナス1のために1の元を去るまでのことです。この数字の比喩は真実の愛のことを指しています。そして必ずしも続くとは限らない愛のことです。
ユーモアを交えた早口で、セサールは二つの数字の冒険と災難を語っていきます。しかしこれは馬鹿げていて内容のない詩では決してありません。詩は、その比喩によって多くのことを考えさせてくれます。異なる解釈を与え、それが詩人が考えていたこととはかけ離れていたとしても、私たち自身にとても関係しています。この例を詩の最後に見ることができます。「彼は数え始める、恐れていた数まで、それは無限かもしれないし、または2という数かもしれない。」私たちの恐怖はどれくらい私たちの近くにあるのでしょう?
月と地球
そして、よりドラマチックな調子で、セサールは恋人の二人の物語を語り観客を驚かせます。今回はとてもシャイな二人です。それは地球と月です。この素晴らしい詩の中で、セサールは月を手に入れようと地球が使いそうな口説き文句を表現します。例えば、「地球では私たちは皆第一世界の住人なんだ。第二世界はほとんど問題にならないし、第三世界は発展途中だから。」
この詩にはたくさんの批判が集まりました。「難民はインターネットの意見でできているのではない」という一節も視聴者に大いに衝撃を与えました。生きることは簡単なことではありません。セサールが言うように、「お互いがそうしたくなくても二人の人間はケンカをする。1は2では足りないと思って、3を探し、4で幸せになろうとする。しかし問題は増えるばかりで、4は016(スペインの社会サービス番号)に電話をかけることになる。」
お母さん
最後の詩は、彼がコンテストで優勝することになった詩ですが、より厳かなトーンでした。その詩は、その名前の通り彼のお母さんに捧げたものでした。その中で彼は、お母さんとマイクロソフトであらかじめ決められたパラメーターとを比較しています。彼はお母さんが「Calibriのフォントで、サイズ11で、行間は1ポイント」という風でいてほしくないと言います。彼はお母さんに「真っすぐで、行間は一行あけて、フォントはタイムズ・ニュー・ローマン」でいてほしいと言うのです。
セサールは自分の若い時を後悔していて、当時価値を見出すことのできなかった母の教えについて強調しています。また父親の存在も軽んじているわけではなく、父親とは「夢が小さすぎて、それを叶えるのにほとんど寝る必要のない人」だと言っています。この詩の中で彼は人類に本当の教訓を与えてくれているのです。
正当な優勝者
彼の優勝は、読書や執筆を愛する人の目標になりました。セサールは、詩のようにそれまで人々が注目していなかったものを、皆の話題にしたのです。これは平均的に1年に1冊以下しか本を読まない国で起こったことです。文化的なことや尊敬とはかけ離れたものが最も人気を博している国でです。技能や芸術よりも、くだらないものに価値が置かれています。その国で、セサール・ブランドンは自分の夢を叶えたのです。彼は疑いようもなくとても感謝していましたが、私たちも彼に感謝すべきです。彼は私たちもまだ夢の見方を知っているんだということを思い出させてくれたからです。
詩は心理学でもあります。エドゥアルド・ガレアーノの言葉を意訳した、「化学者は私たちが原子でできていると言う。小鳥は私に、私たちは物語でできていると教えてくれた。」というものがあります。人々は物語であり、その物語は様々な方法で語ることができます。ですので、多様性、多文化主義、心を開くことがとても大切なのです。私たちの語彙が深まれば深まるほど、歴史もより美しくなるでしょう。機会の背後には素晴らしい才能が隠れているのです。