映画『黙秘』:母親の強さを表現した作品
暗く憂鬱な空の下、スティーブン・キングは、『ドロレス・クレイボーン』という複雑な悲劇を発表しました。『ジェラルドのゲーム』と多くの点でつながりがあり、もともと『In the Path of the Eclipse』という小説の一部になる予定だったようです。『ジェラルドのゲーム』の方が先に書かれましたが、公開されたのは2017年です。
『黙秘』はスティーブン・キングの小説に基づいたホラー映画ですが、超自然的な作品ではありません。映画の中の要素はすべて、アルコール中毒、性暴力、屈辱、人間性喪失、労働搾取、児童虐待など日常的な恐怖が元になっています。
ドロレス・クレイボーン(キャシー・ベイツ)は、階段から落ちて亡くなった高齢で虚弱な女性、ヴェラ・ドノヴァン(ジュディ・パーフィット)の世話役です。マッケイ警部(クリストファー・プラマー)は、彼女の有罪を証明しようとします。
そう疑うのには理由があります。警部は、「ドロレスの夫の事故死」についても調査しており、20年前に彼を殺したのはドロレスだと確信しています。
母親が逮捕されたことを知り、娘のセリーナ(ジェニファー・ジェイソン・リー)は、幼少期に住んでいた家や、自分とドロレスに関するトラウマになるような記憶のある場所を訪れます。
『黙秘』のストーリー
ドロレス・クレイボーンは、20年以上ヴェラ・ドノヴァンの世話をしてきました。その仕事は簡単なものではありません。例えば、ヴィラは、シーツを洗濯ばさみ5個ではなく6個を使い、庭の一番上に干すことを求めました。この儀式は一年中ずっと繰り返されます。
セリーナが帰ってくると、母娘は壊れそうな家族の家へと戻ります。そして、セリーナがタバコを吸い、お酒を飲み、ストレスに対処するために薬を飲んでいる場面があります。
新たな環境は大きなストレスとなり、セリーナの母親への怒りは大きくなります。そしてこれは、皆既日食の午後使われていない井戸に落ちた父親の死と関係があるのではないかと考えます。
皆既日食
セリーナは自分なりの方法で母親を助け、またドロレスは父親による性的虐待という子どもの頃の記憶をよみがらせます。虐待とセリーナの大学のための貯金を盗んだことで、彼はドロレスに殺されたのです。
その日、ドロレスは皆既日食を利用し、警察にばれない完璧な計画を立てました。
20年後、彼女を捕まえ損ねた警部は、ヴェラの死を調査するために帰ってきました。警部はすべてを片付ける気でした。退職目前で、未完のケースを残したくなかったのです。
娘を守る母ドロレス
ドロレスは、娘の幸せのためと思われるものをすべて捧げた母親です。しかし、これを自然に娘に伝える力が彼女にはありませんでした。この感情的障害が明らかになると、ストーリーは激しさを増します。この痛みを軽減するために、すべての感情を消そうとするようです。
父親はどうにも理解できない人間です。感情を消失させる人物として現れます。拒絶を導く性格で、人間らしさというプロセスを終えていない人が存在するということを示しています。映画の中では、母娘の関係とそれに伴う行動を視聴者に理解させるために登場します。
男性の世界における女性
映画では、男女を分け、女性に声をあげさせまいとする男性が多い世界を描いています。男性優勢の社会では女性は無視されますが、凶悪なことをすると注目されるという世界が映し出されています。
女性はすべてにおいて軽視されており、女性がもつ力は多くの場合周りにいる女性との関係から得られています。映画では、現実世界でも度々繰り返されていることに焦点が当てられています。
ドロレスはついに娘に真実を打ち明けます。そしてセリーナは、母親の告白を聴いているうちに母親の強さに気づきます。虐待する男性から娘を守ろうとして、ドロレスは、ほぼすべてを失っていたのです。
正直になったことにより、セリーナは自分の母親の中に自分自身を見出だし、2人はひとつであると考えるようになりました。虐待や痛みなどすべてと向き合うよう、2人は同じ場所に立つことができたのです。
ドロレスのような女性を演じるのに、キャシー・ベイツは適役でした。ベイツは悲劇的でありながら激しく演技しました。また、ジェニファー・ジェイソン・リーも、セリーナの緩やかな墜落を巧みに演じました。セリーナとドロレスの必死の関係で映画は進んでいき、また、ヴェラとドロレスの嵐のような友人関係により、さらにこれが強調されます。
ヴェラは素晴らしい役で、女性が様々な状況に陥ることを思い起こさせます。3人の女性により、女性達を被害者にさせた世界への抵抗が示されています。しかしヴェラが言うように、「時には、悪女になってやり過ごさなければならない」こともあります。
溢れる感情のクライマックス
観る人は大きく、感傷的な感情の波を求めていますが、映画はセリーナが自分の感情を受け入れるという結末には向かいません。
しかし実際に得るのは、継続的な冷たさと、母娘の関係がどこか縮まったというかすかな平穏です。
この結末は、精神的に満たされるものではありませんが、現実的です。この映画は家族ホラーに関するもので、私達の心や感情に傷跡を残します。望むような結末は得られないかもしれませんが、現実的で正直な結末が待ち受けています。