オオカミとの生活:野生の少年の物語

オオカミとの生活:野生の少年の物語

最後の更新: 08 5月, 2018

スペインのマルコス・ロドリゲス・パントーヤは、内戦後にオオカミを唯一の家族として自然の中で暮らしていました。彼は自分の経験を次のように話しています「私はオオカミから多くを学び、人間からは少ししか学ばなかった。」

彼の若い頃の12年間、マルコスは自分自身の生存に責任を負い、そして生き残った。彼は自分の食べ物を狩り、自分の服を作り、狼の群れで暮らすことを学びました。

彼の父親は彼を育てるにはあまりにも貧しかったので、彼はヤギの群れを管理する番人に彼を売りました。しかし、番人は荒野の真ん中で亡くなり、マルコスが一人残されたとき、彼はまだ7歳でした。

12年後、この野生の子供が生き残るであろうことを誰が想像したでしょう。スペインの法執行機関が見つけたのは、たくましく成長した19歳の男でした。

しかし、マルコスは社会に適応できないように感じ、人間界はあまりにもうわべだけを気にしすぎると思いました。 「人間は身に着ける衣服が自分をよく見せるかどうかを気にしてるんだ」

「普通に生きることができて、幸せになるために必要なものが揃っていると言うのに、人間がそんなに不平を言うのはどうしても理解できない。」彼は狩りを学んだので空腹にはならなかったし、狼と一緒に暮らしていた時の方が幸せだと感じていました。

オオカミが彼の唯一の家族だった:マルコス、野生の子供

マルコスが荒野で独りだった時、彼はだれか家族が彼を迎え入れてくれるとは決して思いませんでした。しかし、オオカミは彼を家族として迎え入れてくれ、マルコスはオオカミの群で暮らすことを決意したのでした。

彼は自分の食べ残しを子供のオオカミに与え始めました。それを見た年上のオオカミに信頼され、彼は仲間のように扱われました。

オオカミの写真

あなたの思惑に反するかのように、マルコスは社会に帰りたくないと思っていました。子供の頃、彼は義理の母親に虐待され、父親によってネグレクトを受けていました。彼は多くの憎しみ、残酷さ、飢餓、貧困を経験していました。

「野生の子供」は、動物と一緒にいるときに愛されていると感じました。キツネ、野ネズミ、そして特にオオカミは、以前に彼に誰もしなかったように優しく彼を世話しました。 

この事件についての彼の論文を書いた人類学者のGabriel Janerは、マルコスが作り話をしていたわけではないこと、しかし子供の頃に得られなかった愛情を必死に想像しようとしていた、と述べています。

そして、オオカミは彼にそれを与えることができたのです。狼のおかげでマルコスは愛を感じ、守られている幸せを荒野で感じたのでした。

スペイン警察が彼を見つけて社会に戻した日、彼はそれが良いことなのか悪いことなのか分かりませんでした。その時から野生の子供は、彼の意見では、オオカミと一緒に生きるよりも難しい世界で生きることを強いられました。

野生の子供が社会で生きる

社会復帰とは、お金を稼ぎ、食べ物を買ったり、嫉妬と怒りの痛みを感じたり、他人に嘲笑されたりするような、望ましくないことをすることを意味していました。マルコスによれば、オオカミとの野生生活でそのようなことに対処する必要はありませんでした。

彼は社会で暮らした経験があまりなかったので、人々は彼の無知を利用しました。 「私はお金が一体何なのか分からなかった。私はなぜあなたがリンゴを食べるためにお金を持っていなければならないのか分からなかった。」

社会は、人々に、私たちが本当は必要のないものが必要だと思わせるようになります。

私たちのほとんどが既に生きるために必要なものすべてを持っているというのに、偽りの必要性のために苦しんでいます。その責任の一端は、私たちの周りが偽りの宣伝で溢れていることにあるでしょう。しかし、周りの人が私利私欲から送って来るメッセージを受動的に受け取り、それらに意味を与えてしまっているのは私たち自身です。

狼と男性

「野生の子供」が教えてくれること

「野生の子供」マルコスは、人々がなぜそのような豊かさの世界でそんなに不平を言うのか理解したことは1度もありませんでした。狩りの必要はありません。服はすでに作られており、買われる準備が整っています。清潔な飲み水があります。屋根を見つけるのは簡単です。なのに・・・?

社会は私たちをコントロールし、彼らが望むように私たちを操作しようとします。それは消費意識です。いつ目を覚ますべきか、どんな服を着るべきか、どんな仕事をするべきか私たちに命令しているのです。

それが私たちが苦しむ理由です。こういった人間の非自然化は私たちを不安で満たしています。

マルコスは、そういう気分にならなかったと言います。代わりに、彼は現在に住んでいた。 「太陽が上り、やがて暗くなる。それだけです。」このように生活して、彼はより自由で幸せでした。

誰もマルコスのように生きることがどのようなものか知ることはないでしょう。しかし、私たちがこれらの馬鹿げた欲求から解放され始めたら、人生はもっと良くなるでしょう。

もっと足取りを軽くして歩き、私たちの周りの豊かさに気づくことができれば、自由になり、不必要な苦しみから免れることができるでしょう。