『心理学的ユートピア』- スキナーによるユートピア小説
1945年の夏、B・F・スキナーは『The Sun Is But a Morning Star(太陽は明けの明星に過ぎぬ、の意)』を書き上げます。このユートピア小説は最終的に 『Walden Two(ウォールデン・ツー、邦題:心理学的ユートピア)』というタイトルで1948年に出版されました。この本のアイディアは、1945年の春頃に友人と会話していた際に思い浮かんだものだったそうです。
その時二人は、戦争が終わった後若者たちは何をするのだろうか、と真剣に考え込んでいました。その友人がスキナーに人間は戦争以外に何をすべきなのかと尋ねたところ、彼は「実験をすべきだ、19世紀の共同体において人々が行なっていたように、新たな生き方を模索すべきだ」と答えたそうです。
『心理学的ユートピア(原題:Walden Two)』はスキナー初の小説作品であり、この中には彼の科学的知識や人生哲学、特に社会正義や人間のウェルビーイングに関する疑問などがふんだんに盛り込まれています。はじめ、この本は一年で700部を売り上げましたが、この数字は彼が最初に出版した科学書『The Behavior of Organisms』の二倍の部数に匹敵します。
1950年代には、人間のオペラント行動に関する彼の基礎研究は瞬く間に世に広まりました。その時までに『心理学的ユートピア』はスキナーの哲学とうまく結び付けられていたため、この本は年間で25万部をも売り上げたそうです。そして彼は生涯を終えるまでユートピアにまつわる議題や人類的懸念を扱い続けました。
“太陽は明けの明星に過ぎない”
小説『心理学的ユートピア』と社会的ユートピア
この本は内容的に言えばユートピア小説です。しかし、スキナーはこの小説の中でほとんどの個人が獲得できるであろう「良い人生」を描こうとしています。これを行うにあたり、彼はヘンリー・デイヴィッド・ソローの考えと共通する5つの原則について指摘しました。
- まず、必然的な生き方など存在しない。自分がどう生きているかを分析せよ。
- そしてそれが好ましくないのであれば、変えよ。
- 政治的行為によってその生き方を変えようとしてはならない。やっとのことで権力を手に入れられたとしても、先駆者たちほど賢明な形でその力を使うことはできないだろう。
- 自分なりのやり方で自身の問題を解決できるよう、一人の時間を作ること。
- 最後に、自らの欲求を単純化してできる限り少ない所有物で満足すること。
『心理学的ユートピア』の内容
この本は、1940年代に物質面でも情緒の面でもアメリカ人たちを夢中にさせた習慣の数々を描いています。
物質面に関するそういった習慣の中には、健康や自由時間の質を高めるためのものがありました。スキナーが『心理学的ユートピア』の中で提案したのは、健康な心身や豊かさ、そして知恵を獲得するために欠かせないであろう共同体の習慣に基づいた意見です。
健全性
スキナーは、健全性とはメンタルヘルスや共同体と環境の健全さを含めたより広い範囲の習慣を取り巻くものであると考えました。
身体の健康
『心理学的ユートピア』において、スキナーは人々および共同体(小説の中ではウォールデン・ツーという名称のユートピア的共同体が登場します)を病気から守り、身体のウェルビーイングを促進するための一連の習慣について説明しています。
感染症の拡大を抑えるために、必要であれば人の集まりは最小限にし、赤ちゃんは隔離しなければなりません。また、健全な免疫システムを維持するために外の空気に触れられる状態にしておくことは必須です。さらに、日常的に運動を行い、栄養価の高い食事を摂ることで身体全般の良好状態を維持します。
メンタルヘルス
『心理学的ユートピア』では、共同体の構成員全員にやりがいのある仕事を与えることでメンタルヘルスを維持できる、と提唱されています。これらの仕事は各個人の強みを活かせるようなものとなっている上、それぞれの趣味や関心を追及するのに十分な自由時間も確保されたものです。
また、働くスケジュールはストレスを減らすために調節することができますし、雇用者たちはグループアクティビティを行う機会を十分に労働者に与えます。ただし、できる限り個人のプライバシーが守られるようになってもいます。
共同体の健全性
『心理学的ユートピア』では共同体の健全性を「調和と協力」に関連づけて定義し、資源を平等に分配するなどの習慣によってこれが推進される様子が描かれました。いかなる名誉称号も存在すべきではなく、全員が特別な技能を必要としない単純作業に従事すべきだ、というのがこのウォールデン・ツーという共同体における考え方です。
さらに、ウォールデン・ツーでは家族だけでなく共同体全体で子育てを行うべきとされ、人々は他人と相互交流するために頻繁に外食しに出かけるべきだとされています。全員が、ボランティア作業なども含めたあらゆる種類の仕事に携わらなければなりません。例えば、父親と母親の両方共が家事を行うべきですし、子どもの世話も二人共が行わねばならないのです。
環境の健全さ
1940年代に幅広く奨励されたテーマではなかったのですが、『心理学的ユートピア』では現代社会においてはより日常化し、一般的となっているような習慣の数々を通じて環境の健全さについても触れています。スキナーが描写したのは、例えば輪換放牧を行なって健康な牧草を維持するなどといった、持続的な農業を推進するための習慣です。
また、限られた資源に関してはその使用を減らすことが必要でしょう。つまりエネルギー効率の良い住居を建てたり、牧草の管理に機械ではなく動物を活用したり、家を共同利用したり、仕事の調整時間を設けたり、流行りものだけを身に付けるようなファッションをやめるために服装をゆっくり変えて行ったり、pH値バランスなどに関して水資源の質を観察したりすることが求められるのです。
ウォールデン・ツーと富
スキナーは、共同体全体の富や共同体内の資源の平等配分を確実なものにし得るような習慣を念頭に置いていました。例えば、共同体の構成員全員がそれぞれの仕事に貢献しなければなりません。つまり、それぞれが共同体のニーズを満たすことのできるグループの一員でいなければならないということです。
また、十分な共同体の資本、物品、公共事業を揺りかごから墓場まで、そして現在の世代および将来の世代のために確保するために、構成員たちは資源を賢く使用しなければなりません。そして最終的に富は平等に分配されるので、ウォールデン・ツーには他人を犠牲にして利益を得るような構成員は一人もいません。
ウォールデン・ツーと知恵
この本の基本は、知識として理解されている知恵についての小説です。なぜかというと、それこそが科学のプロセスであり、産物だからです。教育的習慣には共同体が関与し、自由を確保して無学な構成員が出ないようにしなければなりません。
ウォールデン・ツーにおいては無料かつ平等な教育を誰もが受けることができます。ここで教えられる内容には、共同体を生き抜くために必要な基本的な学術知識だけではなく、個人として必要な技術や共同体の調和を保つために必要な知識も含まれます。
そうは言っても、共同体は構成員個人に向けた教育よりも広範囲に及ぶ実践的内容に力を入れています。究極的には、スキナーの関心ごとは共同体全体に利益をもたらすような知識を探究し、発見することだったのです。
知恵は、『心理学的ユートピア』において中心となるテーマです。記述科学と実験科学の両方を用いることで彼は、共同体の構成員へのサポートと共同体の効力、ひいては生存を確実なものとするような習慣を伝え、案内しようとしました。
実用的観点から
ユートピア小説のジャンルに位置付けられる『心理学的ユートピア』は、共同体の構成員の能力バランスを整えてその生存を確実なものにすることにより、社会正義や人間のウェルビーイングを最大限に引き上げるという手段について取り扱っています。
この本でスキナーは、個人的な問題や社会的問題、そして文化の重要性に関する問題などを解決するための無数の習慣について説明していますが、その多くはスケールの大きな内容です。例えば経済に関するもの、教育や環境の持続可能性に関するもの、個人のライフスタイルに関するものなど様々なものがあります。
そしてその解決策は、個人の、および共同体の健全性や富、そして知恵を維持・向上させるための行動分析を採用することなのです。