嫉妬は想像から生まれる

· 2017年9月7日

自分のことを嫉妬深い人間だと定義する人はそう多くはいないでしょう。いたとしても、実際に嫉妬深い人の中では少数派である事は確かです。

人は自分の嫉妬心に気づきにくいところがあります。それは、嫉妬が社会的に望ましくない特性だからです。少なくとも、嫉妬心が誰にとっても(嫉妬の感情を抱いている人にとっても、その矛先が向けられている人にとっても)良くないものだ、というのが私たちの社会全体の理解でしょう。

嫉妬は、私たちの所有願望と必然的につながっている感情です。当たり前ですが、失う恐怖というのは、何かを所有している時、または所有できるだろうという希望がある時にこそ起こるものです。しかし、論理的に、そこでこの話を終わらせてしまうと、嫉妬や嫉妬の原動力についての考え方が大変狭まってしまいます。

天使の石像

嫉妬深い人達

嫉妬を抱いている多くの人が自分のことを取るに足らない存在だと思っているところがあります。こうした自身の認識が原因で、何度も何度も自身に繰り返し鋭い疑問を問いかけるようになっていきます。「彼みたいな素敵な人は私なんかには釣り合っていないのに、どうして彼は私と一緒にいるんだろう?」「この愛と呼ばれる幻想はいつまで続くのだろう?」と。

これらの疑問は、辛い自己卑下の感情があることを指しています。それは、真実の愛への抵抗です。そして、この抵抗感が疑念へとつながります。「どうせすぐ別れるのに、どうして恋愛関係なんかになるべきなんだろう?」と。

ここで言いたいのは、嫉妬は私たちの性格のその他の特性と無関係ではない、ということ。むしろ、嫉妬は私達の性格を形作るのに影響する様々な要素とつながっています。ですから、嫉妬や嫉妬深い人をそれ単独で分析することは、傷の原因や傷を治りにくくさせている要因を無視して傷を分析しているのと同じようなものなのです。

ここで、嫉妬深い人達を救いたいのであれば知っておくべき大事なことを指摘しておきたいと思います。嫉妬深い人はとても苦むものです。彼らは本当に怯えているのです。たとえ、周りには根拠のない恐怖のように見えても、怖がっているフリではなく、心の底から怯えているのです。時には、自分の感情や行動が異常であるとハッキリ認識できる人もいます。しかし、それで気分が良くなるわけでもありません。逆に、この恐怖が彼らの自己卑下の感情を強くしてしまうのです。

これが自己卑下の悪循環に陥り、悪化していく仕組みなのです。

嫉妬は想像から生まれる

時折、誰かに好かれていると分かっていながら間違いを起こすこともあります。例えば、あなたはパートナーのことを信用しているとします。しかし、パートナーの携帯電話がそこに置いてあって、しかもパートナーが家に不在だったら、その携帯を手にとって見てみたいという誘惑に惑わされるかもしれません。あなたはパートナーを疑っているわけではありません。ただ、確証が欲しいだけなのです。例えば、電気を全部消したかを確かめるために、家を出た時に振り返るのと同じように。

そうして、パートナーの電話にあなたの知らない人から「またね!」とか「楽しんできてね!」とかいうメッセージがあるのを目にしたとします。更には、「チュー」(キス?なんで?いつ?どこで?)というメッセージや、愛着に満ちた感謝の言葉まで。そうして疑問と不安が沸き起こります。

こうして自らを辛い岐路に立たせることになってしまいます。その一方で、あなたはパートナーの電話を見ていたとを告白できないことも分かっています。

「ねぇ、携帯をチェックしていたのは、ただ嫉妬する理由がないことを確かめたかっただけよ。」

なんて言い訳は通じないはずですよね?

女性と携帯

まあ、「自分にはそうする権利がある」と信じている人や、パートナーがそうしても許してくれると思っている人は、そんなことを言うこともあるかも。しかし、例えば浮気性な人は、浮気の後にパートナーのこのような行動を許しがちなのも覚えておきたいことです。

「もう2度と浮気が起こらない」という安心感をパートナーに与えようとして、このスパイ行為を「今の関係を維持するために払わなければいけない代償」だとして受け入れているのです。これは、いつ爆発してもおかしくない地雷を二人の間に置いているようなものです。

あなた自身のスパイ行為に話を戻しましょう。あなたは携帯をチェックしたことを告白も出来ず、自分の疑念を飲み込み始めます。それは、キスや「またね!」の言葉とも、現実とも全く無関係の疑念。あなたが勝手に想像して作り上げた疑念です。そしてこれから先、あなたはパートナーの浮気を確かめるために電話を見るのではなく、浮気という最悪の事態を自分自身で信じ込むために電話を見るようになるのです。誰も苦しみたくはないはずなのに…。

嫉妬深い人達の動機

嫉妬深い人達は常に嫉妬する理由を見つけ出そうとします。それは、気難しく考えすぎて、コソコソと秘密を作らなければいけなくなるような恋愛関係に陥ってしまうといった状況をいつも想像しているから。ほとんどの場合、このような考え方をする人はそれを誰とも共有せず、自分の頭を蝕む毒にしてしまいます。このように、まるで演劇でよくある悲劇のように、自分の疑いの心に捕らわれてしまうのは簡単なことなのです。

その一方で、根拠のある嫉妬と根拠のない嫉妬を区別することは紙一重です。誰も、自分のパートナーが他に恋人を作っていることを自分だけ知らない、なんてことにはなりたくありません。

また、「第三者がいようがいまいが、関係が終わる時は終わるものだ」と言うのは簡単です。しかし、始めにも言いましたが、これでは非常に複雑で影響力のある感情を無理に頭で理解しようとしているだけ。

ですから、もしこの記事に対して単純な結論を期待していた人がいたら、がっかりさせてしまうことになるでしょう。嫉妬とそれに関連した行動は個人的な事なのです。しかし、嫉妬が思考や感情を蝕んでいるとき、それに気づくことは大切です。どのような場合にしても、嫉妬は「事実よりも自分の想像と深く関係がある」ということを覚えておいてくださいね。