鏡に映る自分の姿の先を見よう

· 2018年5月26日

鏡に映った自分と話すために鏡の前に座りました。自分は完璧ではないと受け入れ、そのままの自分を愛するためです。物理的な見た目を超えて初めて自分自身を見て、自分が誰かを理解するためです。わたしは経験してきたことのすべての積み上げです。

今日、人生が肌に映し出されていることに気づきました。目は魂の鏡だと言います。それは、希望へのドアでもあります。しかし、時に鏡を見て自分の見た目以上を見るのは難しいことです。血と骨だけでできているのではなく、経験、希望、夢でもできているということを理解することは難しいのです。

人間は肉体と骨だけではありません – 今までの自分、これからの自分たちすべてがあなたです。

しわは、目の周りの不満と口周りの笑顔の現れです。言わずにいた言葉や、つい口をついて出て後で後悔した言葉の表われです。それはわたしたちの一部です。世界に自分という人を知らしめてくれます。

鏡を見ると魂を見ることが難しくなるかもしれません。未来を見るより過去を後悔しているときにこのようにしがちです。得たものに感謝するより、失ったものに固執するときです。陶器のように、生命の感じられない経験がまるでない人形のように、自分を完璧に見せようとするときです。

割れた鏡

過去から学ぶ

わたしたちは目で見えるもの以上の存在です。わたしたちは自分の過去です。それは自分の肌に現れます。過去はわたしたちがどこから来たのかをあらわします。しかし、それはこれからどこへ行くかを制限しません。自分自身が次の行き先をきめるのです。

しかし、固執せずに過去から学ぶことは重要です。過去は自分の一部です。しかし、自分が成れる姿を制限はしません。わたしたちの基礎を固めるレンガであり、内面に影響を及ぼすものではありません。

わたしたちは過去の反射ではないことを覚えていてください。あなたは明日なろうと必死に戦っている自分でもあります。過去に敬意を払い、失敗から学びつつ、これからとるステップを限定させることをしないでください。

諦めることにして過去を今にしてしまったら、ただの人生の傍観者になって、本当の意味で生きることをやめてしまいます。

2人の女性

未来は起こりえることの反射

自分の反射に耳を傾け、恐れることなく鏡のなかに見たい未来について語ると、本当になりたい自分のために戦う意思は過去におかした間違いより価値があることに気づきます。現実を必ずしもありのままに見るよりも、やるべきことをやることでどんな目標が達成できるのかを見ましょう。

自分がのぞむ未来を築き上げるには時間が掛かります。しかし、どれだけゴールまで遠くに感じても忍耐強く諦めずにいることで可能です。逆境でも諦めないでいることは徳です。間違いから学ぶスキルであり、つまづいた石から自分を話す知の証です。

今日、自分の鏡の姿と話すために鏡の前に座りました。生きてきたすべて、これからなりたい全てがわたしなのだと理解しました。夢のために戦い、間違いから学ぶのは自分の手です。結局、自分が投影するイメージ以上の自分を知れたら、夢は手の届く範囲にあります。誰も完璧ではありません。しかし、わたしたちは賢く不完全です。