パンチドランカー、またの名を"ボクサーの認知症"
パンチドランカーは、神経変性疾患の一種です。近年、特定のスポーツを行うことで与えられる影響について研究者たちがさらに多くの発見をしたことにより、この病気が注目を集めるようになりました。”ボクサーの認知症”とも呼ばれており、その名から病因を予想していただけるかもしれません。パンチドランカーは英語でDementia pugilisticaですが、このpugilというラテン語由来の言葉は、ボクシングを指しています。ボクサー人生の中で繰り返し頭に衝撃を受けることが、この病気の原因になってしまうことが少なくないのです。
コンタクトスポーツの選手がそのキャリアの中で何回頭を打つのかを正確に計算することは困難ですが、頭への衝撃が繰り返されることで何らかの影響が与えられてしまうことは容易に想像がつきます。
多発性外傷や脳震盪が繰り返されることが脳の萎縮につながり、パンチドランカーを引き起こすのです。
パンチドランカーの全般的な特徴
1928年に、病理医で法医学者のハリソン・マートランドが世界で初めてパンチドランカーについて医学的に説明しました。
今日では、この病気は慢性外傷性脳症の別種というカテゴリーになっていますが、はじめのうちは、この二つの病気は区別されていませんでした。研究者たちがこれらの違いに気づいたのは、特定の患者グループにはパンチドランカーの症状しか現れていないことを発見した後でした。
静かなる病
20世紀初頭のボクシング人気の高まりにより、多くの選手やファンがこのスポーツに参加し始めました。最初の頃、その影響は気づかれていませんでしたが、数十年後、症状が出始めるケースが増えていきました。
中でも最もよく見られる症状が、アパシー、精神病的特性、協調運動障害、顕著な包括的知的障害などです。科学者たちは、こういった症状と脳震盪によって引き起こされる脳への小さな外傷の繰り返しとの間に関連性を見出しました。
パンチドランカーの進行
脳が萎縮すると、脳の大きさが全体的に小さくなります。これにより、脳の代謝も下がります。概して、脳が萎縮することが脳構造全体に影響が与えられ、これによって全体的な機能の低下が引き起こされてしまうのです。
この病気は進行性で、症状も多岐に渡ります:
- 初期段階。患者は、頭部への多発性外傷から生じる認知障害の初期症状を経験します。病気が始まった正確な日付けがはっきりと分かるわけではありませんが、最初の数年間は潜伏期間となる傾向が高いです。
- 進行段階。進行段階は通常、患者がスポーツを始めた時から12〜16年間ほど後になって始まると考えられています。この時までに症状は目に見えるものとなっていますが、まだ認知症には分類できないレベルです。
- 認知症段階。症状が確立され、患者の脳機能のあらゆる側面に悪影響が出てきます。記憶力や論理的思考力といった知的能力の喪失が顕著になり、行動面にも大きな影響が出ます。
主な症状
パンチドランカーの症状は様々なため、他の神経変性疾患の症状と誤診してしまうことが少なくありません。とはいえ、パンチドランカー患者は時間とともにより顕著になる共通の症状を有していることが多いのです:
- 全般的なアパシー。コミュニケーション能力に障害が発生することによる、情緒反応や関心の欠如。
- 攻撃性。身体的にも口頭でも攻撃性が増します。患者は衝動的で怒りっぽくなるのです。
- うつ。この症状の進行性の性質は、モチベーションの低下や孤立、絶望状態に繋がる傾向にあります。
- 記憶力。患者の日々のタスクに最も大きな支障が出ます。注意力や集中力に関連する記憶力に変化が見られます。
- 運動障害。最初はただ単に不器用で注意力が不足しているだけのように思えますが、時間とともに動きがゆっくりと硬く、協調性のないものになっていきます。
パンチドランカーの主な危険因子
パンチドランカー発症の主な危険因子は、コンタクトスポーツへの参加です。病名にはボクシングという意味合いが含まれますが、原因となるスポーツはボクシングだけではありません。以下が、選手たちを危険に晒すその他のスポーツです:
- アメリカンフットボール
- キックボクシング
- 接触の激しいスポーツ
- モーターレース系のスポーツ
以下が、その他の危険因子です:
- 若い頃にコンタクトスポーツを始めること。
- そのスポーツにおいて専門家が勧める保護ギアを装着しないこと。
- 長期的なスポーツ選手としてのキャリア。
- 予防策を講じないこと。
診断
脳の具体的な一部の損傷あるいは領域のみがパンチドランカーに関連しているわけではないため、診断は困難になります。
神経学者や神経心理学者は通常、患者の行動面や運動面の症状を調べます。また、医師たちは、脳の損傷度合いを見るために神経画像(CTスキャンなど)も用います。
治療
パンチドランカーの第一の治療法は、危険因子を避けることです。上記のスポーツのどれかを行なっている場合、予防のためにできる対策すべてを行い、注意する必要があります。
すでに症状が出始めている場合には、以下のような二つのアプローチを行うのが一般的です:
- 薬物治療。特定の症状に働く医薬品で治療します。
- リハビリ。患者は、脳の可塑性を最大限に活かすために、できる限り早く治療を始めなければなりません。通常、セラピストは患者に運動能力低下の問題を補うための方法を教えます。その目標は、できるだけ正常に動き続けられるようにすることです。
考慮すべきこと
パンチドランカーは、脳へのケアを怠った時に起こる病気の明白な一例です。その変化は長期的に現れますが、原因は人生の初期に起こります。
影響が出始めるのが遅いため、損傷に完全に気づくことは困難です。しかし、神経系をむしばむような活動は、時間とともに身体に深刻な代償を払わせるのです。認知症の種類にかかわらず、よく食べることは非常に重要な予防対策になります。
最後に覚えておきたいのが、いくつかの有名スポーツは必ずしも健康的とは言えない、ということです。これは特に、適切な予防策を講じていない時になおさら当てはまる事実です。実際、元アメリカンフットボール選手の大部分が外傷性脳症を患っており、その選手キャリアが彼らのその後の人生に悪影響を与えてしまっています。
結果的に、新たな研究や危険性への理解の広まりにより、スポーツ界でも元選手への補償の提供や研究費の投資など、対策が取られるようになっています。
“アメリカの偉大な発明の才を信用しましょう。我々はもっと知的に、より脳に優しい方法でフットボールをプレイすることができるはずです”
-ベネット・オマール博士-