成功の裏には多くの失敗が存在する

· 2017年10月1日

 

成功の裏に多くの失敗がある、とは本当?答えは、大声で「はい」です。再挑戦することは、誰も放棄すべきでない正当で神聖な義務です。長年にわたり大きな困難と失敗に直面せざるをえなかった人には、進むべき道として2つの選択肢があります。 一つは、再挑戦せず無気力にすごすこと。もう一つは、もう一度試みて、今まで蓄積してきた経験を利用することです。

多くの人々は何十年にもわたる失敗や困難を抱えながら、それでも再挑戦し続けてきました。 例えば、ネルソン・マンデラは 南アフリカの歴史を変えた男になる前に、刑務所で30年間を過ごしたことを知っていましたか?

「私たちが試行をやめてしまったら、失敗は存在しません」

―ジャン・ポール・マラー

しかしもちろん、「彼はネルソン・マンデラだったし、私は普通の一般人だ」と多くの人が言うことでしょう。アフリカのこの偉大な指導者が成功した何千という理由を指摘し、なぜ自分たちは同じように成功できないのかと考えるかもしれません。彼らは再挑戦する事への抵抗感、まさに、それ自体が最大の障害であることを認識していまないのです。自分が決めたことを達成するための障壁となっているのです。

アーチ型のゲートの前に立つ女性

世界を超越した歴史的功績は、様々な難しい状況を収束することにありました。しかし、これに匹敵する個人の功績があることも事実です。長年の失敗に耐えた後、自分の夢に到達するという単純な行為は、周囲の人々にとってかけがえのない例になります。私たち皆の住む世界をよりよい場所にするための努力なのです。

挑戦は成功よりも重要

刺激的で生きがいのある人生とは、再挑戦することを絶対にあきらめない人生です 。様々な経験を求めずに生きる意味などあるのでしょうか? もちろん、わずかな恐れや刺激さえもなく、この浮世の流れに身を任せる人生を送ることもできます。誰もあなたを退屈な世界から引っ張り出して、勇気を見せたり、失敗するリスクを受け入れるよう強制したりしません。

でも、本当のところはどうなのでしょう。もう一度試みない理由は、自分のレベルに見合っていないことが分かっているから、ではありません。結局のところ、恐怖感があなたをコントロールしていて、それが理由で試行することを拒絶しているのです。勘違いしてはいけません。それは疲労ではなく、無能でもなく、まして年齢の問題でもありません。恐怖感、それがあなたの行動を妨げているのです。

地面に横たわる女性

望むものを追及するという行動は、実際にそれを達成するのと同じか、それ以上に重要であると、あなたは気づいていません。それは人生を豊かにする「塩」なのです。あなたの1日、午後の時間、そして夜の時間を豊かにするもの、そして変化をもたらすものです。

それとも、生活するという単純な行為によって満足し、そもそも自分がなぜ生きているのかという疑問に縛られたままでいますか?

偽りの「失敗」の概念

私は 「失敗 (イタリア語でfracasso) 」という言葉の語源を調べて、 直感ではわかっていたのですが、 驚いたことを見つけました。この言葉は、ラテン語の 「quat」、つまり「揺れる」を語源とし、イタリア語の接頭辞「fra」は「真ん中(between)」を意味します。つまり失敗という言葉は、「揺れの真ん中にいる」のような意味になります。どう思いますか?

これを本記事で扱っているテーマに関連付けると、失敗とはショックという意味にとれます。注意を呼び覚ます、 何かに目覚める岐路に立っているのです。まさに失敗とはこのような状況を指します、 間違いからあなたを外に引き出し、目を開かせるのものを発見するのです。この言葉の否定的な意味が強くなったのは、心の働きを解釈するのに、機械のそれと比較し始めたときでした。

森で鏡に触る少年

ある時点で、実際には全く違うにも関わらず、「失敗」という言葉は「敗北」と同義語になりました 。このような考え方が妥当だと思えるのは、戦時中に使用される時のみです。成功と達成さえもが悲しいものであり、そこでは失敗は自身の自由、人生そして尊厳を危険にさらす現実なのです。

想像力に富む分野では、いわゆる「揺れ」の失敗はむしろ予想外の貴重な瞬間です。科学、芸術、そして現実のあらゆる実務の分野でこのように機能するのです。同時に、失敗と成功両方の要素を持っていない人間の行動などほとんどありません。失敗が耐え難い敗北になる数少ない状況のひとつは、私たちがもう一度試みないと決心する暗黒の瞬間なのです。