精神科医にも感情がある

· 2017年9月22日

精神科医はいつも感情をありのままに受け入れ、観察し、表現することの大切さについて語ります。患者が本当の気持ちを打ち明けられるようにするのが、私たち精神科医の役割です。患者が心の扉を開けるように、私たちは部屋のドアを開けて彼らを待ちます。必要に応じて話したり、泣いたり、怒ったり、患者には偽りのない姿を出してもらいます。

精神科医になる前は、診察室の中にどれだけの感情が収まるのか想像もしていませんでした。

大学では、評価、障害や技術などについて学びましたが、患者の治療中の自分自身の感情やそのコントロール方法について学ぶ時間はほとんどありませんでした。正直に言うと、私たちに迫りくる感情の旋風に備えるために完璧に準備できる時間はこの世には存在しないようです。

精神科医も人間

私たちは人間です。もちろん、これは患者を理解する上での大きな恵みですが、人間であることは多くの困難に直面する原因ともなります。この人間性は、周りの人を理解したり、自分を彼らの望む箇所へ導いたりすることができます。しかし、時々その人間性は爆発し、涙という形で表面に現れてしまうこともあります。

メモを取る女性

治療中は、助けを必要としている患者を最優先し、私たちは自分の感情を脇に置いておきます。そして、患者が直面している現実に可能な限り入り込みます。患者が私たちと深い言葉や経験を共有した時、私たちは彼らと同じように感情的になります。

そして、患者の話を聞きながら、泣いてしまうこともあります。時には、患者の前で泣いてしまう時もありますが、多くはプライベートで、誰にも見えない所で泣いている心理学者たちが多いです。

患者にのしかかっていたおもり

患者がカウンセリングを終えて診察室から出て行く時、彼らの物語と彼らにのしかかっていたおもりは三つに別れていきます。一部分は患者に留まり、もう一部分は診察室に留まり、もう一部分は精神科医に残ります。

精神科医たちは、診てきた全ての患者の生活の一部を自分自身と共に家に持ち帰るのです。対面での診察を終えた後、私たちは患者から言われたことや彼らの言葉でどのような気分になったのかを考え直します。自分自身のことは忘れ、その患者に合った全ての治療法の可能性、アプローチ法を練り、どのように彼らが必要とするサポートを提供できるかを考えます。

専門家の立場から考えても、この状態は私たち精神科医の感情や気持ちに大きな影響を与えます。いくつかのケースでは、精神科医でいることを挫折させたり、後ろめたさを感じさせたり、「たぶん」「もし」などの言葉で自分自身を怒らせたりします。

重さに耐えること

専門家は、重さが自体が身体を苦しめるのではなく、それに耐えている時間が身体と心を苦しめているといいます。水の重さで例えてみましょう。コップ一杯の水の重さは、何てことありませんよね。しかし、ずっとそれを持ち続けたらどうでしょう?

一分間だけ持つのは、簡単です。一時間持っていたら、腕が疲れてきます。一日中持ち続けたら、腕がつったり、痺れてくるでしょう。

コップの中に降る雨

精神科医は時に、自分のものではない水を持ち、それを長い間持ち続けます。それをテーブルに置くのに苦労し、それを手から離すために周りの人の助けを必要とする人もいます。

たくさん話すことで心が軽くなる

この重りを他の人と共有すると負担は軽くなります。精神科医たちも、聞いたことを心で消化し、自分自身の問題について話し、自分自身を一番に置いてあげる必要があります。私たちも、感情や心配を分かち合うために、他の精神科医からセラピーを受けたりしています。

「共有することは生きること」という言葉があります。感情について言えば、これは正しい言葉でしょう。精神科医も人間ですから、泣いたり、感情的になったりします。私たちも周りの人と同じように人生を歩み、自分自身の問題に向き合って生きているのです。