アレックス・オノルド:恐怖を知らない男

27 8月, 2020
アレックス・オノルドに関してとても不思議なのは、落下への恐怖を感じないという点です。彼はアメリカ生まれの32歳のロッククライマーで、そのフリークライミングスタイル(命綱や防具なしで登るスタイル)で有名になりました。

アレックス・オノルドは、神経科学的に見てかなり不思議な人物です。彼にはルールが当てはまらないのです。ほとんどの人は、ある場所から落下することに恐怖を感じますよね。だからこそ、生まれたばかりの赤ちゃんであっても下に落ちているような感覚を味わうと泣いてしまいます。

これは本能的な恐怖心で、人間の遺伝子に組み込まれているものです。高いところから落ちると、傷を負ったり命を落とすリスクが生じます。そのため、身体には落下の危険を回避するための警告サインとして恐怖心を生じさせる生物学的な介入機能が備わっているのです。

アレックス・オノルドに関してとても不思議なのは、落下への恐怖を感じないという点です。彼はアメリカ生まれの32歳のロッククライマーで、そのフリークライミングスタイル(命綱や防具なしで登るスタイル)で有名になりました。そしてなんと、彼はたった一人でクライミングに挑むのです。ロッククライミングをよく行う方であれば、一人きりでこれを行うことがどれほど危ないことかお分りいただけるでしょう。ほぼ自殺行為です!

しかし、アレックス・オノルドにとってそれは至って普通の冒険の一環なのです。このスタイルでクライミングをする時の彼の気分はコーヒーを飲んでいる時と同じようなものだそうです。彼はいかなるタイプの恐怖心や緊張も感じません。そのため、神経科学者たちは彼の脳を研究したいという意欲に駆られました。

“刑務所も貧困も死も恐れるな。恐怖心それ自体を恐れろ”

-ジャコモ・レオパルディ-

アレックス・オノルドという人物

アレックス・オノルドにとって、一つ一つのクライミングが生きるか死ぬかのチャレンジです。彼はほぼ垂直になっている壁面でのクライミングを好みます。動きやすい服を来ていますが、装備しているのは、腰に巻かれたチョーク(クライミング時に手につけて手汗を防ぐための白い粉)の入ったバッグのみです。そして他の器具には頼らずに自らの手と足で登っていきます。

アレックス・オノルド

現時点ですでに彼はたくさんの世界記録を有しています。そのクライミングスタイルはフリー・ソロ・クライミングと呼ばれ、彼以外にも世界にはこのスタイルに挑むクライマーは存在しますが、彼ほど標高が高くて難易度の高い場所でこれを行う人物は他に誰一人いません。

オノルドは一見普通の男性に見えます。彼の振る舞いからは、変わったところや特別なところなど感じられないのです。彼はよく笑い、とても平和的な雰囲気を醸し出していますが、自身の活動がとても危険だという自覚は持っています。フリー・ソロ・クライミングに挑戦して命を落とした友人たちもたくさんいるそうです。しかし、恐怖を感じることはあるのかという質問に対して彼は、自分は他の人々よりも死という概念を上手く受け入れているのだ、と答えています。

母親は彼が難しい子どもだったことを明かしていますが、本人はこれを否定しています。彼は幼い頃からあらゆるものに登っていたそうです。そして10歳の時から、クライミングウォールでのクライミングを開始しました。その後いくつかのロッククライミングツアーに参加し始め、19歳の時にはその他の生活全てを投げ出してフルタイムのクライマーになります。彼はバンの中で暮らしており、ミニマリストを自称しています。

アレックス・オノルドの脳

この青年のロッククライミングにおける偉業はある研究者グループの関心を惹きつけることとなり、彼らはオノルドの脳を研究しようと決意します。全ての始まりは、神経学者ジェーン・E・ジョゼフが、アレックス・オノルドが喋っている様子を見た時のことでした。彼女は彼の物事の描写方法や自身の冒険についての話し方から、彼の脳には何か異常な点があるのではないか、と考えたのです。脳内の、特に恐怖センサーとして働く扁桃体に何らかの欠陥があるのではないか、と彼女は推測しました。

そしてサウスカロライナ医科大学でアレックス・オノルドの脳が精査されることとなります。彼らが用いたのはMRIです。まず研究者たちは、オノルドが扁桃体を有しているのかどうか、そしてもし有しているなら、何らかの損傷がないかどうかを確認しました。

次に彼らが行ったのは、オノルドにとてもショッキングな画像を見せて彼の反応を観察するというものでした。そこで彼らは、彼の扁桃体が活性化していないことに気づきます。一切反応を示さなかったのです。それはまるで、それらの危険な状況が彼に対しては何の情緒的インパクトも引き起こしていないような状態でした。

アレックス・オノルド

興味深いあらまし

研究者たちはアレックス・オノルドが恐怖を感じられない身体を持つことを証明することに成功しました。しかし、この結論からはいくつか興味深い仮説が導き出されています。

彼らの発見からは、アレックスの脳は危険なクライミングに適応し切っており、その刺激に慣れてしまっている可能性が高いことがわかります。このため、ほとんどの人にとってはリスクを伴うような行為であっても、彼の脳はいたって普通の状況と捉えてしまうのです。

この結論は、恐怖心に関する新たな可能性の扉を開きました。恐怖心を取り除く方法として慣れさせるという方法が有効だ、と主張する新たな理論が登場したのです。徐々に、そして体系的に危険な刺激に慣れていくことで、そのような状況はその人物にとって完全に無害なものとなっていくと考えられます。これが事実なのであれば、恐怖心を扱う代替療法は飛躍的に広がっていくでしょう。