暴力をもたらす感情

2018年6月22日 in 感情 0 シェア済み
インサイドアウトキャラクター

感情があり行動します。記憶に繋がる精神構造で、感情が生理的引き金を引きます。忘れてはならないのが、感情が人の行動のモチベーションになっているということです。

感情が様々な行動を起こします。攻撃的になることさえあります。正確にいうと、感情そのものにより暴力的になるのではなく、感情の組み合わせにより、私達に暴力を使わせることがあるのです。

人がそれぞれ経験する心理的反応が感情だというのは皆が知っています。共感があるおかげで、感情は人との間で広がります。人が同じように感じることができます。

集団でも同じことが起こります。一つの集団に属する皆が同じ感情を持つことがあります。罪を感じたり、他の集団への怒りを覚えることもあります。これが、人が暴力的になる出発点です。

 ANCODI 仮説

ANCODI仮説は、3つの感情から名づけられました: 怒り(anger)、軽蔑(contempt)、嫌悪(disgust)この3つの感情が人を暴力的にするという仮説です。敵意や暴力は憎しみと怒りから生まれます。

人は、話を通して、感情を連鎖させます。話によって、人を集団の感情へ引き込みます。少数派やライバル、敵集団に対するヘイトスピーチがそうです。

手を挙げる人々

過去の出来事や昔の話が憤慨を呼び、怒りの原因になっているというのも、ANCODI仮説です。集団は、自分のモラル優位で過去の出来事を見返し、それが、他の集団のモラルを下げることにつながります。

その結果、他の人を見下し、軽蔑するのです。他の集団は、回避、拒否されて当然の、全く別のものとみなします。それが、行き過ぎると、相手集団を完全に消そうという考えに至ります。感情が暴力へと導く3つの段階を、次に紹介します

怒りからくる憤慨

まず、怒りのステージです。立腹イライラで表に現れる感情が怒りです。顔の表情、ボディランゲージ、生理的反応で表現されます。場合によっては侵略という行動で表されることもあります。コントロールできない怒りは、あなたの生活の質を下げることになります。

まず、ある出来事から不公平を認識します。例えば、何かの悪者探しです。相手は一人のことも集団のこともあります。この場合、悪者が、「自分」の集団や生活を脅かしているという事実がでっち上げられます。この解釈が、怒りを伴い悪者へ向わせます。

高慢からくる道徳的優位

第二のステージには、高慢が入ってきます。尊敬や認識に欠けた嫌悪の強い感覚が高慢です。人に恥をかかせ、否定します。「他の人」のモラルやスキルを疑います。

自分が優位な立場にいると感じると、他の人や集団に高慢になります。人を蔑みます。価値がないものだとします。

集団は第一のステージで状況や出来事を見返します。自分を優位な位置に置き、過去を見直します。悪者集団は下位だとみなすのです。その高慢さが問題のグループを軽蔑しています。

一人と集団

軽蔑からくる排除

最終ステージに軽蔑が加わります。汚染や病気の原因が、最初、元の感情です。症状だけでなく原因もよくみましょう。似たようなものが、衰退や軽蔑を世界に広げています。制裁やモラルの統治にも軽蔑がよく利用されています。

このステージでは、もう一度その出来事を見直し、決断を下します。結論はシンプルです:悪者集団と距離を置く。より攻撃的であれば、その集団は排除する。これは、最悪の事態です。人が軽蔑を広げてしまった場合です。

3つの感情の結合がもたらす結果の恐ろしさをお分かりいただけましたか?人を攻撃的にする感情は、歪みからきており、良い結果はもたらしません。―最悪の場合―敵へと向かいます。ここからも、気持ちの面で賢くなることは大変重要だと言えます。

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