現実より空想で溢れるヒトの人生

· 2018年11月7日

空想について話すとき、多くの人は毎日の現実とはかけ離れたものだと思っています。空想はけた外れの変わった出来事だと思い込んでいるようです。 しかし、現実には人は日々空想と向き合っています。

人は様々な空想に常に浸っていると言います。厳密に言えば、私たちがすることやしないことの多くは、現実より想像上の理由や考えに基づいています。なぜあれこれの方法で生きているのかと聞かれたら、多くの人は現実的な生活より文化的な空想に基づいた議論を展開してくるはずです。

「親友と最悪の敵は空想だ。」

-アルトゥーロ・グラフ-

創造的な空想

空想にはクリエイティブなものもあります。これらは、普通から外れて超越的なものへと移行していきます。しかし、非創造的な空想もあります。他人が言うことを聞き、それを本当であるかのように繰り返すだけの空想です。こういった空想は文化に根付いており、現実ではなくても現実として紹介されているのです。

人は自己像や周りのものの客観的な認識ができません。自分が思っていることの多くは、教えられたか自分で作り出した空想の影響を受けています。

一つ良いことは、空想的なものはプラスチックであるということだ。型にはめて、変形して、変えることができる。融通の利かない現実の法則に当てはまるものではない。

素晴らしい空想

空想の中には、生きて成長したいという欲求を養ってくれるものがあります。自分は何かを得る価値がある、何かいいことが人生に起こるべきだという認識が良い例です。楽観主義、忍耐、レジリエンスとして解釈されます。

海底

矛盾しているのは、こういった空想は客観的なテストに基づいているわけではないものの、大抵の場合現実のものになるということです。証拠のない空想の信念として生まれ、その人をポジティブにして、自分に敬意を持てるようになったり、それぞれの状況でベストを尽くせるようになるのです。

どの人間の功績も、素晴らしいとして始まります。科学のように、この順序が逆になることはありません。発言をするためにまず証拠を見つける必要はありません。発言をすれば、証拠はついてくるのです。だから夢の行けるところまで到達できるのです。

ひどい空想

人間の思考の中でも起こります。人は想像の中にしか存在しないものから、本物の悪夢を作り出してしまうことができるのです。すべてがうまくいくはずがなくて、うまくいったとしてもうまくいかなかったと思います。自分は良いものを得る価値がなくて、自分のための物事を改善することを否定したり諦めたりします。

これらのひどい空想は、さらに悪化することがあります。時に、激しい妄想としてあらわれます。思い込みの罪によって想像上の殺人捜査が始まります。転ぶことへの恐怖から実際に転びます。ひどい嫉妬は、相手に不貞の種をまきます。

振り返り

空想が侵略的になってコントロールを奪うケースがあります。眠ったら一生起きれないと思い込むことがあります。自分の体は脂肪の塊で食べるのをやめなくてはいけないと思うこともあります。自分の人生には全く価値がなく、意味もなく、意識的にあるいは無意識に自分は死にかけていると思い込みます。

空想の限界

人は創造的な動物です。生まれたときから空想に影響を受けています。まず、幸せなものか、恐怖か予期せぬものかどうかに違いはあれ、私たちは親の空想です。親がわたしたちに与えた意味が、わたしたちの人生を可能にしているのです。彼らがメインプレーヤーでなかったら、わたしたちは生まれてきていません。親は、証拠もなく、子どもたちの人生が地球でどんなものになるかを考え出したのです

空想は本質的に人間らしいものです。人間は空想から生まれ、空想に向かっていきます。死に直面した時の希望には、必ず空想が含まれています。 不確定さだけが現実です。それ以外はすべて人間の想像の賜物です。

男性

空想の世界は、広い色相や色合いがあります。全く不合理なものから、理性的であり得るものまで存在します。芸術を作り出すためには、空想を解放すべきです。生きるためには、可能なものの領域にとどまるのが良いでしょう。しかし、空想を再デザインして、人生の良いもののための力にすることができることを常に覚えておいてください。