火渡り:新しい、けれど危険な自己啓発法

火渡り:新しい、けれど危険な自己啓発法

最後の更新: 28 8月, 2019

火渡り、つまり赤く燃えた石炭の上を歩くという行為は、過去数年間で人気が高まってきた自己啓発法ですが、物議を醸してもいます。これには様々な問題点があり、効果的な方法だと言う人もいれば全くのインチキだと指摘する人もいます。

新しい方法として宣伝されてはいるものの、燃える石炭の上を歩くと言う訓練への最も古い言及は、4,000年以上前にまで遡ります。似たような宗教的儀式がインドで行われていたのです。火渡りは、病気の治療や開会の儀、お清め、豊作を願った祈祷、その他様々な儀式の中の一要素でした。

ハワイの先住民グループのカフナたち(聖職者)のように、修練のために今なお火渡りを行なっている人々もいて、現在では石炭の代わりに燃える溶岩の上を歩くようになりました。アフリカのカラハリ砂漠の先住民も似たような儀式を行なっています。

ですので、火渡りは全く新しいものというわけではないのです。1970年代にアメリカで話題となり、人気を集め始めました。その主な提唱者はトリー・ブルカンで「サイエンティフィックアメリカン」という雑誌で物理学についての記事を読んで以来、熱い石炭の上をなんの問題もなく歩くことができるようになった、と述べています。彼は本を何冊か出版し、宇宙人に誘拐されたとも言っています。

「退屈な真実は、ワクワクするような嘘に覆い隠されてしまうものだ。」

– オルダス・ハクスリー –

男性に降りかかる雨

火渡りの基礎

火渡りの提唱者たちは、これは個人の成長を促すための自己啓発方法である、と主張しています。彼らにとって火渡りとは、自尊心を高めたり自らの恐怖心と直面したり、やる気を高めるために有効な行為なのです。こういった考えは全て、もし燃える石炭の上を歩くことに成功すれば自分が有能であると感じられるし、より良い自己像を獲得できるだろう、というアイディアに基づくものです。

彼らは、誰もが火の上を歩くことを恐れている、と述べています。しかしこの恐怖を克服し、最初のステップを踏み出すことができた人はその後に続いていくステップへと進んでいけるだろう、という考えなのです。そして、これは日々の生活にも影響を与えていくと言います。これは、ネガティブな思考を根絶させてポジティブな考え方を育てるような、「 抜本的な変化」なのです。

また、火渡りを提唱し、専門にしているようなライフコーチもいます。彼らは、自分自身に対してポジティブな感情を持てるように、あるいはその感情を強められるように、比喩を多く使います。つまり、火渡りは今後の人生で直面するであろう試練の比喩なのです。

石炭の上を歩く

火渡りを推奨する人々は、成功しても失敗しても、この体験はその人の思考構造に影響を与えるであろう、と主張しています。つまり、価値観や信条などです。そして一度これを経験すると、自分の持つ能力についてのイメージを作り上げることができ、これがまた自信へと繋がるのです。

彼らは、約480度の石炭の上を歩くことが、考え方を一新する手助けになると述べています。この危険な挑戦に打ち勝つことができれば、自己像を変えることもきっと不可能ではないはずです。

火渡り

火渡りには、以下の三つのステップがあります。

  • 自分自身を見つめる。このステップは、自分の思考を分析して個人的な目標を設定し、その目標に到達するために変える必要のある考え方のクセを解明する、というプロセスです。
  • 学ぶ。火渡りは、恐怖を克服し、自分自身を信頼することを学ぶ手助けとなるため、一歩前進することにつながります。
  • 変化。このステップでは、変化への願望を満たすことになります。目標を達成するための障害物にどう立ち向かえばいいか学ぶことができるからです。

火渡りにより期待される効果が、困難な状況に立ち向かう手助けになる、というものです。熱い石炭の上を歩くという体験により、前に進まなければヤケドしてしまうという考え方を自分のものにして欲しいのです。歩き続けないと、ますます傷は大きくなってしまいます。また、自信を持って歩を進め、何が起ころうと進み続けることが大切です。

最近では、火渡りは、特に従業員にもっと裁量権を与えようとしている企業の間で普及するようになりました。火渡りを採用したこういった企業の例をあげると、マイクロソフト、アメリカンエキスプレス、コカコーラなどです。

石炭の上を歩くと何が起こる?

全体の考え方としては、人は精神的に強いので、燃える石炭の上を歩いても負傷することなく反対側まで渡りきることができる、というものです。これが、参加者たちにとって彼らは自分たちが考えるよりも強くて有能であることの証明になるでしょう。しかし物理学的な観点から見ると、無視できない問題もいくつかあります。

火の上を走る男性

火渡りの批評家であり『石炭の上を歩く方法を学ぶための254ユーロ』という記事の著者であるルイス・アルフォンソ・ガメスによると、火渡りはそんなに大したものではない、とのことです。実は、火渡りは誰にもできることで、事前の準備も必要ないしやり方を学ぶために誰かにお金を払う意味もない、と彼は述べているのです。彼の主張は以下のような物理学的な事実に基づいています。

  • 熱い石炭の上を歩くのは、指でロウソクの火を消すようなもの。そしてロウソクの炎は石炭よりも熱く、最高で約800度ほどになる。
  • 石炭の燃えかすは人間の身体ほど密度が高くないので、あまり熱を通さない。
  • 足が熱せられる速度は非常に遅く、一歩目を踏み出す時の足の温度はとても低い。
  • 火渡りの奨励者たちは石炭の上に灰をぶ厚めにのせるが、この灰は熱伝導を妨げる効果がある。
  • ガメスは、このライフコーチ法は人々から金をむしり取るための手段以外の何物でもない、と主張している。彼は懐疑論者であるジョン・ネヴィル・マスケリンの「お金持ちの能無しは、頭脳があって貧しい人にとって格好の餌食だ」という発言にも言及している。

興味深い実験

リチャード・ワイズマンというイギリスの心理学者は、この賛否両論ある自己啓発法についてテストを試みることにしました。「トゥモローズ・ワールド」というBBCの番組の中で、彼はシンプルな実験を行いました。

彼は燃える石炭をカーペット状に並べたものを作りましたが、火渡りのスタンダードである4m50cmの長さではなく、約18mの長さにしました。ワイズマンは有名な火渡りの提唱たちを招き、生放送中に石炭の上を歩いて渡って見るように頼みました。

トゥもローズ・ワールド

最初の挑戦者は6メートル10センチほど進むことに成功しますが、ヤケドを負ってそこから飛び降りねばならなくなりました。次の挑戦者も全く同じ結果となりました。三人めの挑戦者は挑戦を棄権しました。最初の2名は、足裏に第二度熱傷を負ってしまい、医療処置を受ける羽目になりました。

こうして、ワイズマンは「精神の強靭さ」が約5メートル50センチまでで力尽きてしまうことを証明することに成功しました。これが、火渡りの講師たちが短い距離を採用している理由だったのです。彼らは、参加者がヤケドせずにすむ距離を計算し、これを利用していたということです。5メートル50センチを超えた時点でポジティブな思考などなんの意味もなくなってしまいます。

火渡り:新しい、けれど危険な自己啓発法

最終的に役立つトリック

私たちのほとんどが、普通では考えられないようなことを実現するのを夢見たり信じたりするのが好きなものです。超能力に関してはたくさんの迷信が存在しますし、おそらくその力は強力なのかもしれませんが、物理学の法則を揺るがすほどではありません。ましてや、たった3時間のレッスンのあとでそんな力を期待するのは得策とは言えないでしょう。

とは言え、火渡りによって信じられないような結果を得ることできたと主張する人はたくさんいます。彼らは人生が根本的に変わった、と言います。火渡りの研修をした後で、従業員のパフォーマンスが上がったという声明を出している企業もいくつかあります。もちろん、ヤケドをしてしまった人もたくさんいますが、彼らによれば「準備が足りていなかった」ためだそうです。

最後に、人間の思考力の一番強力な力の一つが、全ての証拠を目の前にしてもなお信じる、という力です。もしあなたが何かを信じていて、それが生きづらさを解消する助けとなるなら、それはあなたにとっての真実であると捉えても差し支えないでしょう。これは、プラシーボ効果により起こるのと同じような現象です。最終的には、それが誰かを気分良くさせるなら、疑いを持つ必要はないのです。


このテキストは情報提供のみを目的としており、専門家との相談を代替するものではありません。疑問がある場合は、専門家に相談してください。