不安:アドレナリンを糧にするモンスター

· 2018年4月12日

不安はアドレナリンを糧にするモンスターです。アドレナリンは、自分が置かれた環境に危険があったり、自身を守る準備をしたいと感じた時に体が分泌する物質です。ライオンや蛇の姿を見るなど、今日私達が暮らす世界ではあり得ないために、私達があまり対応できそうにないものを見ることによって分泌が引き起こされたりします。しかし、私達が階段を降りている時に突然足を滑らせたり、夕食を作っている時にフライパンの油が自分に跳ねかかってきたりする時にも分泌されます。

こうした瞬間にアドレナリンが分泌され、私達は手すりにつかまったり、玉子を焼いている時に火の側から退いたりすることができます。つまり、アドレナリンは、私達を動かし、致命的な結果となる前に行動できるようにしてくれているのです。

不安を抱える女性

しかし、同じ例を取ると、アドレナリンが分泌されるに伴って、不安というモンスターが眠りから目を覚まします。原則的に、不安も防衛本能の一部です。そのため、私達が階段から落ちる前に、手すりにつかまったり、バランスを保ったりするのに貢献しています。

しかし、階段から足を滑らせることが日常の状況でなくても、不安というモンスターはその姿を現し、再び眠りにつくことができなくなったりします。そうすると、心臓がドキドキし、恐怖が体に残っているように感じている間に分泌したアドレナリンを糧にして、不安は私達の中に留まってしまいます。

このモンスターが糧にするアドレナリンがある度に、私達はその不安を自分の中に感じることになるのです。しかし、そうした危険な状況に自分を置くことがなくなった途端、アドレナリンの蓄えが無くなったことを知って、そのモンスターは食糧不足から睡眠につきます。

手の影が襲い掛かる

不安というモンスターが私達を怖がらせるあまり、不安を体から抜くために苦闘したり、不安なんて欲しくない、認めない、自分の中にあるべきでないと叫んだりすることがあります。

こうした心理的闘争は、私達の体に新たなアドレナリンの波を蓄えさせます。こうなると、そこには正当化できるような深刻な危険もないのに、私達がどんどん肥大させてしまう喜んだモンスターがいるのです。

そうすると、アドレナリン過剰のせいで、不安というモンスターが巨大化し、とてつもなく攻撃的になります。そのモンスターは脅し口調で、心臓を麻痺させるぞ、喉をカラカラにさせるぞ、あるいは脳を破滅させるぞと叫ぶのです。

モンスターはどんどん大きな声で訴えます。なぜなら、そうすれば私達がそのモンスターのことをもっと聞き入れ、より多くの情緒的糧、アドレナリンをより多く得ることができることを知っているからです。そうすると、とどまるところを知らない貪欲な餓鬼に満ちた日々を送ることになってしまうのです。それは、結局私たち自身が怪物の面倒を見ることになってしまうのと同じです。

女性の顔

ところで、私達がその声に耳を貸さず、その叫びを通常のこととして受け入れなければ、モンスターに注目することを止めることができ、モンスターは私達の体からアドレナリンを得ることはなくなります。そうして、不安のモンスターはようやく快眠に戻る以外に選択肢がなくなります。

不安のモンスターは私達の体を怖がらせることしかできません。お分かりのように、それは体や心が直近の危険と解釈するものに直面した時の体の自然な反応です。

それは皆が理解できる単純で正常な機能です。このモンスターが既に巨大であろうが、制御不能の可能性を秘めていようが、私達が覚えておかなくてはいけないのは、モンスターを微小化させ、より無用なものにできる力は私達の手中にあるということです。モンスターの存在は私達がそうした自然な感覚を経験することに対して開放的であったり、制限的であったりすることにかかっているということを受け入れることで、そうしたことが可能になるのです。

 

関連文献出典:ホセ・アントニオ・ガルシア・ノゲラ、ハビエル・ガルシア・ウレーニャ著 「不安を理解し、管理する (Entiende y maneja tu ansiedad)