自分らしくある事が家族を失望させる時

· 2017年12月2日

自分らしくあろうとすればするほど、家族を失望させてしまうことがあります。ですが自由になるためには、ありのままの自分でなければなりません。一個人としての幸せや独立を再確認するため、また自分を内側と外側の両方から変えるため、家族の期待を壊したり疑問を感じたりするのは正しいステップなのです。

簡単な事ではありません。人生における最初のステージ、幼少期に、子供は家庭には常にあらゆる不一致が存在するという事に気づきます。親がアドバイスをくれても、親自身がそれに従っていない、実行できていないという事に気付いたりするのです。また自分の創造、考え、感じることと親が期待する事に大きな違いがある事に不快感を感じるようになります。

「深い愛のないところに 深い失望は存在しない」

 ₋ マーティン・ルーサー・キング・ジュニア ₋

 

家族間の期待は、小さな原子がぶつかり合うようなものです。誰も気づかないような目に見えない何かを作り上げ、息苦しさを感じさせます。そしてそれは何世代にも渡って築き上げられた道義心と信念に基づいており、言葉を使って、または無言の圧力によって表現されます。

信念と、沈黙と困難の中に内在化している属性によって、私たちは気づかぬうちに形作られています。パズルのピースは実はバラバラなのだという事にいつか気づくでしょう。「機能」しているはずの家族は、実は全く機能していないのだということを理解するのです。互いをしっかり見つめる事を避け、うつむき沈黙しているのです。ですので、例えそれが愛する人を失望させるかも知れないとしても、あなたは変わる事を決断しなければなりません。

夕暮れを眺める少年

 

家族の結束の複雑さ

ルーカスは母が41歳、父が46歳の時にこの世に誕生しました。両親にとって1人っ子を持つことは決して始めから計画したことではありませんでした。辛く長い旅の結果だったのです。彼が生まれる前、母親は4度の流産を経験し、彼を出産後ももう一度流産しています。彼はたった1人生き残った子供で、家族の期待、希望、夢、願望全てを背負う事となりました。

しかしルーカスは決して良い生徒ではありませんでした。彼には従順さも落ち着きもなく、聞き分けの良い子ではなかったのです。学校で上手くやっていけていないだけではなく、彼は目に見えない兄弟達の影と共に生きなければなりませんでした。生まれる事のなかった子供たちを、両親は常に近くにいるように振る舞っていました。「きっと私のようにエンジニアになった子もいただろう」「きっとお前よりもっと落ち着いて、責任感のある子がいただろう。。」

両親の「こうだったかもしれない」という架空の現実に加えて、叔父や叔母、祖父母から伝わってくるメッセージもまたルーカスを苦しめました。「お母さんの言う事を聞きなさい、音楽なんかやめて現実的な仕事を探しなさい。あなたの親は2人ともあなたのためにものすごく苦しんだんだから、一度くらい喜ばせてあげて。」

悲しげに外を眺める男性

大人になったルーカスは、外国の音楽学校に行くことにしました。この決断が家族を失望させるのは良く分かっていました。皆を苦しめるだろうという事は分かっていましたが、亡くなった兄弟の隙間を埋め、家族の期待に応えることなど不可能だと感じていたのです。自分の人生を生きるためには、自分に正直でいなければならなかったのです。

 

自分らしくある事は家族を傷つける。だがそれは啓発への道となる

昨年ユタ大学は、自分を家族の恥だと考えている人をどう救うべきかという、興味深い研究結果を発表しました。驚くような事でもありませんが、彼らが置かれている状況はとても複雑なものです。家族間において個人の価値や必要性、信念が壊され、心に問題を抱えています。

 

「血のつながりは単に親族だという証、愛こそが家族を作り上げるものである」

 

幸せになるためには、この現実に立ち向かう方法を知らなければなりません。ユタ大学の研究結果をもとにここに3つのアドバイスをご紹介します。

自分の事を家族の恥ではなく、辛いことにめげない強い人間だと考えるべきです。経験したことやそこから学んだ事を生かして前へ進む事の出来る人間なのです。

・家族以外の人で、助けてくれる人、サポートしてくれる人を見つけましょう。違う角度から物事を見つめることで、自分を信じ、決断する勇気を与えてくれます。

家族にはっきり意志を伝えましょう。敬意と信念を持って自分の必要な物、考え、願望を恐れる事なく口に出してください。誰かがそれで失望するとしても、本当の自分へと近づくためには必要な事なのです。

髪をかき分ける少女

自分は必要のない人間だと思わないでください。例え家族の中で「破壊的」「攻撃的」だと言われ邪険に扱われたとしても、結局彼らは他人が貼ったレッテルに惑わされているだけなのです。このような事情から、それが自分の意志に反するとしても、家族の期待や目に見えないルールに従う事を拒絶してしまったりするのです。

長年苦しめられてきたこの偏見についてもう一度よく考えてみてください。人を失望させることが悪い事とは、一概には言えません。自分の意見を持ち、自立した個人である事を肯定するのに必要な行動なのです。