有害な家族との社会的義務を切り捨てること

· 2017年11月30日

家族との関係が悪意のあるものに陥ってしまったとき、その社会的義務を切り捨てることは健康的な決断です。これらの規則と義務は、選びもしなかったのに、私たちを有害な家族という人生計画の捕虜にしてしまうからです。 時には、家族の中の厄介者になるほうが、偽善によって作られた家族の完璧主義の像を守るよりも良い場合があるのです。

私たち全員が、この何世紀にも渡って継承され、一族の義務として叩きこまれてきた人間関係の捕虜です。 これは、私たちが疑いもなく受け入れなければならない伝統の魂として、目に見えない意識のように存在します。実際、突然何かが私たちの中で目を覚ますまで、これがわたしたちの、特に子供のころの行動様式なのです。 しかし私たちは、家族が抱く期待に、そして家族の忠告を受けながら周りの目を気にして育つことに段々と疲れていきます。

「正直ほど豊かな遺産はない」

-ウィリアムシェイクスピア-

それぞれの家族が一味のようなものです。それは、感情、遺産、過去、信念、抑圧、そして義務が統合されている、ダイナミックで非常に複雑な集合体なのです。オーストリアの有名な神経学者で精神科医のヴィクトール・フランクルは、彼の本「医者と魂」に、苦難そのものよりも悪いのは、自分の苦難が証人なしで起こることである、と書いています。なので、その記憶としてが家族の最初の価値です。

しかし、その苦難のせいで負の感情に包まれると、私たちは悪い伝統を生み出すことがあります。最も可能性が高いのは、家族としての義務への不信を生み出すことです。

あなたもこのことについて考えてみてください。

子供の翼を切り取る親

無意識の義務は、毎日私たちを形づくる

ここでの義務とは、教会で毎週日曜日に両親と食事をする暗黙の義務ではありません。 私たちの感情の基礎がいかに作られているかということを言っているのです。 それはしばしば人間の重要な成長につながる、衝撃に対する抑止剤のようなものとして働く精神医学の一部なのです。

「私が間違っているわけない」「私は自分の感情を制御しないといけない」「あなたは人を信じることができない」「私が間違っていると思うのは、私を愛していない人だ」 、これらのような言葉は、私たちの人間性に影響します。 私たちがそれを信じているかどうかにかかわらず、こういった世代間の義務それぞれが残したものは、私たちの個性の中にハンマーのようなものでたたき込まれているのです。

認知心理学は、この繊細な枠組みを理解するための最良のレンズの1つです。 私たちの最も重要で決定的な信念は、家族との関係を通して子供のころに習得されます。 著者のアーロン・ベックは、これらのパターンの一部にも遺伝的要素があることを私たちに伝えています。

ネイチャーニューロサイエンス誌に掲載された研究によると、私たちのDNAは、世代から世代にかけて受け継がれたストレスが強くて恐ろしい経験についての情報を伝授しているそうです。

風を吹く神

そのうえで、私たちの心の中で一つ明確にしなければならないことがあります。遺伝的素因は私たちの人格を決定するものではありません。しかし、これらの義務、価値、ガイドラインの継続性が我々の遺伝子の中に積み重なっていけば、相互補強の連続的なサイクルを確立することは疑いないことです。

家族の義務をやめる方法

有害な家族の義務から抜け出すことは、必ずしも容易ではありません。家族の比重が非常に強い文化や国がたくさんあります。これを疑問視することは、社会そのものを築く仕組みに嫌悪感を抱くようなものです。それは、アルベルト・アインシュタインが「先入観よりも原子を分解する方が簡単です」といったように難しいのです。

今日では、いわゆる世代間心理学が大きな注目を集めています。 これは、過去にあった負の反復パターンを防ぐために、心理学者が家系に潜入する治療技術です。 そうして彼らに受け継がれている、成長と幸福を止めている目に見えない力が何かを知るのを助けます。

しかし、私たちの日常生活の特定の側面を認識することで、自分でもそれらの義務から解放されることを助けることができます。 以下で見ていきましょう。

壊れた操り人形のバレリーナ

家族の命令から逃れる鍵

私たちは、署名も契約もなしに家族の命令を受けます。 それが私たちを個人的かつ感情的に豊かにすることならば、問題なく同意するでしょう。

しかし義務は、解読方法を知らなければならない言語と非言語の暗号のようなものです。 そこに含まれている考え方の多くが、自分自身で疑問視する必要のあるものです。 それを解放する革命は自分自身から始める必要があります。

あなたの信念にしたがってください。 「私は不器用だ」や「私は家族を失望させることはできない」のようなアイデアは、アルバート・エリスが私たちに説明する「非合理的な考え」です。 これは私たちが治すべき、機能不全な感情のルーツです。

あらゆる家族に聞かれる共通のフレーズに疑問を持つところから始めてください。 「あなたのボーイフレンド/ガールフレンドはあなたにとって十分ではない」、「この家では、この政党、この宗教、このスポーツチームに属している」、「そんなことを学ぶのは時間の無駄である」、「これ以外のことをするのはばかげている」 、このようなフレーズは私たちの心の中で崩壊させるべき暗号です。

家族であっても、私たちが同じ血を共有しているからといって絶対に忠誠を尽くさなければならないという意味ではありません。彼らが私たちに運命を課すのではないのです。自分自身が否定的な結果を招くことがある場合は特にそうです。そして、有害な家族の力が私たちを不幸の無限のサイクルにさらしてしまうことは決してあってはなりません。

一族の負の義務を取り除くことは、必要なことなのです。私たちは、自分の個人としての統合性を再確認する権利を持っていて、自分の人間性を否定するような要因を見逃すべきではありません。そうすることで、私たちは他人が作り出した人形ではなくなり、自分自身の支配権を持てるようになります。

画像提供:Sara Riches