感情的な依存の裏にあるものとは?

05 1月, 2018

私達は生まれた時から何かに依存しています。母の子宮の中にいる時、初めて泣いた時、初めてこけた時、新しい世界に触れた時、私達は実際に感情的に依存しています。私達は何かをしてくれる誰かが必要です。最低でもやり方を教えてくれる誰かです。社会的で感情的な生き物である人間は、人を必要とするのです。しかし、私達が感情的依存の被害者になる必要はあるのでしょうか。

他人からの影響ほど強く感情を左右するものはありません。初めてキスをした時、数年ぶりに友人と会う時やハグをする時を思い浮かべてください。皆が生きている感覚を意識するのです。

10代の頃は自由や自立の為に激しく反抗することもあるでしょう。しかし後に、本当の自由を手に入れる事は不可能だと気づきます。生活の中の優先順位と自由は上手くマッチしません。愛と情や、出会いと意見の対立を思い浮かべてください。自由の為のユートピアを創るのは私達にとって良くないものかもしれません。

鉄格子に現れるハート

感情的な依存:人生の真実、又は私達を結ぶ鎖

では、もし感情的な依存が自然な事だとして、なぜ心理学では避けるべき問題として扱われているのでしょう。一つの理由は、心理学は社会的流行と直結していないからです。この流行はどんどん個人主義的なものになっています。もう一つの理由は、依存関係はある一定の人達にはネガティブな影響があるからです。私達が誰かに自分の幼稚な部分の世話をしてくれる責任を課すと、私達にとってその人はかけがえのない人となります。

シンプルな例を見てみましょう。アナは部屋の模様替えをしています。彼女は家具を動かしたいと考えました。しかしとても重くて動かせません。彼女には誰かの助けが必要となります。運動学や工学を勉強して荷台を作ることもできますが、そのような解決策はとても良いアイデアとは言えません。

一番明らかな解決策は彼女より力持ちな人を探す事です。アナは自分の子供達を思い浮かべましたが、彼らは旅行中でいません。その代わりにアナは姪達に手伝ってもらう事にしました。これは彼女が依存したという事ですが、それは自分の子供たちではありませんでした。もし誰かが出来なければ、彼女はその代りを探す事が出来るのです。これと同じ事が感情的な自立性・依存性として起こるのです。

特定の誰か一人に依存をすることは危険であり、誰かに私達の感情的な責任をとってもらえると期待するようになります。その危険は私達自身を弱くすることからきます。そして、長期的にその関係を台無しにしてしまうのです。また、最悪なのはその関係の終わる寸前に、幸福的な依存を失うのを拒否する絶望感が私達自身を傷つけてしまう事です。

感情的な依存の4つのステップ

依存により起こってしまう感情的な崩壊への道は、4つステップを通る傾向があります。しかしこのステップに入る前に、損失をする事に対する恐れが始まります。このような恐れは根拠がないまま始まり、依存をさらに強くします。

「もし私が愛されている、必要とされていると感じられなかったら、もしあなたが同情から私の為に嫌な感情を押し殺しているなら、もし私があなたに私の事を嫌いに出来なければ、あなたがしたくても、したくなくても、私に気づく必要があります。そして私は、あなたが私の事を恐れるよう仕向けるのです。」

花と一羽の鳥に囲まれた白い女性

依存の1つ目のステップは、自分を依存している相手にとって不可欠な人間にする事です。その人はコンスタントに自分が相手の人生に貢献した事を話し、アピールする事になります。「もし、私じゃなかったら…」、「お前の為に他に誰がこんな事できるんだ?」、「私みたいな人は他にいないと思う。」といったようにです。

また、依存的な人は自分が相手にとって保険のような存在になれるよう努力します。「もし俺といれば何も困る事はない」などと、たとえそれが損得の問題でも、相手が自分と一緒にいたいと思わせるようになります。

2つ目のステップは1つ目のステップに効果がなかった際や、1つ目のステップと同時に起こる事があります。まず、依存的な人が同情を得る為に被害者を演じるようになります。その毎日の努力は、やがて本当の悲劇に変化していくのです。もしこのステップで相手が別れるように仕向けると、相手をまるで悪者のように仕立て上げます。大抵その人はこの戦略が上手くいく事を知っており、過去に注目を引く為に使った事がある方法なのです。

 

3つ目と4つ目のステップは代表的なパターンで、3つ目のステップではその人の最も恐れている事から自身を守ろうとします。それは、無関心のステップです。このステップは4つ目と同時に起こる事もあり、順番が変わることもあります。

さらに、両方のステップは憎しみと恐れに関係しています。相手が自分に対して無関心になる事を避け、相手が自分を憎むように仕向けるのです。この行動は自身を騙す行為の一つで、相手の人生の中に存在していたいのです。それがたとえ憎しみでも、永続的な感情と絆を作ろうとしているのです。

4つ目のステップは脅威を作ることです。「もし別れるって言うなら、私も自分が何するか分からないよ。」や、「もしお前がいなくなったら生きている理由なんてない。」、「もし本当に別れるならもう二度とあなたの事なんて見たくない。」と、依存的な人は損失に対する脅威をアピールします。この脅威は虚偽のようなものですが、彼らにとっては愛の代わりにもなるのです。

依存的な人は相手を苦しめ、自身をも苦しめる

いずれにしろ、依存的な人は自身の依存によって苦しみます。もし彼が本当に何かの被害者なら、それは誰かに対する希望や運命です。これが彼自身を犠牲にし、相手が彼から離れないようにするのです。彼は相手がどこかへ去ってしまうと本当に自分の命を失うと感じているのです。彼の言う多くは操作的で計画的なものですが、その下には苦しみが隠されているのです。

残念ながら、感情的な依存を認めるのは難しいことです。それはあなたに臆病な人、弱い人、または愚かな人というレッテルを貼る可能性があります。しかし、依存を認識する事は自分自身を新たに構築する第一歩となるのです。大切なのは、私達のニーズは一つ一つがユニークでも、それを満たす方法はたくさんあると理解する事です。