子供に後遺症を残す、両親の毒のある関係

· 2017年12月13日

パートナーを心理的に虐待する人、脅し、軽視し、侮辱し、自尊心を壊す人は、自分の子供たちをも間接的に、しかも酷く虐待していると言えます。継続的に毒のある関係の証人になることは、子供たちを重大な犠牲者にしてしまい、時には取り返しのつかない後遺症を負った感情の遺産を抱えさせてしまうのです。

世界保健機関(WHO)と世界経済フォーラム(WEF)によると、精神病はすでに世界中で就労不能の第一の原因だそうです。不思議に感じるかもしれませんが、その大部分が毒のある関係や虐待、そしてそこから来る心理的な打撃による病だそうです。同時に、心的外傷後ストレス障害、うつ病、不安障害、慢性的な痛み、喘息、糖尿病などの指数も、静かにしかし確実に、機能不全に陥った関係を示しています。

「子ども時代に、両親の庇護ほど強く必要だと感じたものは他に考えられない」

-ジークムント・フロイト-

社会福祉機関および医療機関から、パートナー間の身体的・心理的虐待の被害者にレッテルを貼るのではなく、「能力を与える」必要性が指摘されています。「能力を与える」とは、男性であれ女性であれ、これらの人々に心理的・感情的に自分を取り戻し、その後普通にそれまでの生活にもどるための適切な手段と計画を提供することです。

さて、私たちが十分な注意を払わなかったり、忘れたり、気にしなかったりするのが、幼少時から前述したような有害な関係、毒のある雰囲気の証人となっている子供たちのことです。これらの子供たちは、一つ一つの要素―表情・音・叫び・言葉・こぼされた涙―を、その柔らかで無邪気な心に、静かに内面化しています。それが将来、彼らの人生にどんなインパクトを与えるのかもよく分からずに。

暴力の環というのは、自らの尾を噛んで環となり永遠に同じことを繰り返すウロボロスと同じ仕組みをだということを忘れてはなりません。今日は毒ある関係の証人であるこれらの子供たちは、明日は新たな被害者あるいは新たな加害者になっているかもしれないのです。

落ち込む少女

毒のある関係の証人になるということは、その被害者になるということ

「私は一度として子供たちや配偶者に手を上げたことはありません」これが紛れもなく、悲しいことに心理的虐待者たちの共通の反応です。心理的虐待には、家庭という親密な小さな世界の中で行われた有害な行為の跡も、受けた傷のわかる打ち身の跡もありません。

しかし、はっきり目に見える傷やあざがないという事実が、自体をより複雑にしてしまいます。こういう場合、被害者は、明らかな虐待行為だととらえず、自分に責任があると思いがちなのです。

さて、その罪悪感や、責任の自己投影は、虐待の被害者だけに起こるのではなく、この状況の証人である子供自身にも起こり、被害者と同じ感情を持つことが多いのです。なぜなら子供は、苦痛の列車で皆を同じ運命に導く旅の同伴者なのですから。

ジャン・ピアジェが発表した子供の認知能力の発達理論を忘れてはいけません。2歳から7歳までの子供は、世界が自分の回りを回っているという自己中心的な見方を維持しているという理論です。ですから子供は、父親あるいは母親の苦痛を感じ、また言い争いやケンカが自分のせいで起こったのだと感じてしまいます。

額に手をかざす子供

この事から、よく頭に入れておかなければならないことは、毒のある関係の間に子供がいるなら、彼らも被害者だということです。別の部屋にいて見ていないとしても、まだ歩き始めてもおらず、字も読めず、自転車にも乗れず、夜に窓から見える星座の名前を言えないとしても関係ありません。子供たちは感じ、耳にし、幼い子供たちは彼らなりに世界を解釈します。したがって幼少期において、このような病的で破壊的な感情のある環境で育つことほど壊滅的なことはないのです。

両親の虐待関係を生き延びる

往々にして、この毒のある関係は夫婦の双方によって助長されるものです。心理的・感情的に安定した環境を作り上げることができない人がいるのです。夫婦自身にとっても、特に同居する子供たちにとっても、関係を完全に麻痺させる環境をつくる、愛情と暴力、親密さと脅しという浮き沈みが、彼らの特徴です。

「人生で起こる最も幸運なことの一つは、幸せな幼少期を送ること」

-アガサ・クリスティー-

虐待の関係には多くのタイプ・形があり、あらゆる社会的地位に起こりえます。とはいえ、こういった愛情の錯綜の本物の被害者は子供たちなのです。抑圧のある状況で自己のアイデンティティを築き上げるということは、多くの場合、新たな暴力の連鎖の始まりにつながってしまいます。人間は、よく知っている、つまり家族の心理的パターンや行動様式を繰り返しがちだということを覚えておかなければなりません。

外を眺める子猫と少年

こうして、両親の毒のある関係を生き延びるのではなく、両親と同じ愛情表現を自分のものにしてしまい、おそらくは新たな被害者/加害者になってしまうことがよくあるのです。ですからこのインパクトを和らげ、虐待の連鎖を断つために、適切なメカニズムが必要です。こういった関係の証人であった子供たちは、保護者とともに社会的・医療的援助を受ける必要があります。

全ての子供が、暴力のない環境で生きる権利があります。一貫性と敬意に基づく教育によって、そして何より、適切な愛情表現を知る保護者との生活によって、正しい行いができる人間になる権利があるのです。