メンタルヘルスにおける過剰診断

27 6月, 2020
ここ数年、メンタルヘルスに問題を抱えている人が増えていることを示す統計があります。一方で、メンタルヘルスに問題があり悩んでいる人が増えているのではなく、診断を受けている人が増えていると考える人もたくさんいます。臨床上深刻でない症状の人が服薬を受けているケースが少なくないのです。今回の記事では感情診断について学びましょう。

メンタルヘルスにおける過剰診断が起こっているのは、実際にはそうでないのに特定の行動を病気として診断しようという傾向が原因になっています。精神科の分野では過剰診断が少なくありません。これにより誤った診断につながるだけでなく、必要ではない人も服薬をすることになってしまいます。

精神科では、昔から診断のプロセスにおける主観性が問題になっています。精神科医は観察や精密ではない診断基準に基づき、患者が精神障害であるかを判断します。このような状況では、過剰診断につながる間違いが起こりやすくなります。

非常に広く使われている診断基準に精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)があります。このマニュアルは、複数の精神科医(主にアメリカ人)により作られています。障害の包含や定義に関し、評決により決められます。初版では60の障害について書かれ、最新版には500以上の障害について記載されています。

「医学についての知識しか持っていない人は、医学に関しても分かっていない」

-Abel Salazar-

過剰診断 メンタルヘルス

メンタルヘルスにおける過剰診断は本当に起こっているのか?

メンタルヘルスにおける過剰診断がデータにより示されています。DSM最新版の定義に厳密に従うと、人口の70%が何等かの心の病を抱えていると専門家は言います。またそれだけでなく、該当すると薬を処方される可能性があります。

DSM-5には、メンタルヘルスの専門家さえも疑問を抱くような障害が含まれています。例えば、「精神病リスク症候群」と呼ばれるものがあり、将来精神病になる可能性が高いという特性があります。この診断がつくと抗精神病薬を処方する対象になります。

考えてみると、多くの人が精神病リスク症候群の診断を受ける可能性がある時期を経ていることが分かります。「自分はおかしくなる」と感じたことがあり、結果としてそうならなかったことはありませんか? 将来の可能性を診断し、治療するのは不合理です。親が高血圧だからと言って、子どもも高血圧になる可能性があるとし、高血圧の薬を処方するようなものです。

もう一例挙げると、「精神不安を伴う機能不全パーソナリティ障害」があります。この障害は、基本的に非社会的で自己中心的、非共感的な人物を表します。DSMによると、この状態にある人も薬の処方の対象になります。現実的に、このような人は単に不快な性格であるとも言えます。また、DSM-5 によると、愛する人の死後1ケ月以上深刻な悲しみを抱えている人はうつ病だと診断されます。

障害と、気分がすぐれないことの違い

メンタルヘルスにおいて健康と病気の境界をはっきりさせることは困難です。そして「正常」であるというのは非常に主観的な概念であり、個人の環境と関係します。また、人間である限りいくらかの苦しみを伴うということも頭にいれておくことが重要です。生きることは、持続的な不確かなものと向き合うことでもあります。

常に欲しいものすべてが手に入るわけではなく、また完璧にバランスの取れた人生が送れるわけではありません。死の存在がなくなることはなく、それは残酷なものですが、皆がその苦しみと向き合っています。自分でコントロール不能な状況に不満を感じることは避けられず、また誰もが自己中心的、あるいはいくらか「悪い」一面を持っています。

人生では、悲しみを感じたり不安に苦しむことがあるのは当然です。精神分析家が言うことには、精神病のような症状を人生で3回ほど経験するのは普通のことです。これは自分の周りで起こることに左右されます。先にもお話したように、正常の範囲である問題が障害として定義されることにより、メンタルヘルスにおける過剰診断につながってしまうのです

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障害や苦悩への様々なアプローチ

つい最近までは、大切な人を亡くした時、近しいコミュニティの心地よい支えがありました。皆がある程度の苦悩を理解するのが普通であり、必要でもありました。しかし現在はこのようなサポートネットワークが弱くなっています。

精神的な痛みを表現することが難しくなり、そのために人はひとりで苦しみを感じています。いつも幸せであるべきだという考えが皆のプレッシャーになっています。多くの人が、苦しみを感じようとしません。しかし実はこのような感情と向き合うことこそが、精神科医により処方される薬のような役目を果たします。

良くも悪くも、薬は個人や集団の不安への対処法になっています。過剰診断には、2つの曲折した事実が隠れています。ひとつは、非常に狭い診断や介入法をもって働く正統派の精神科医の存在です。そしてもうひとつは、苦しみつつもその痛みを理解することを拒む人がいることです。そうすると化学物質を使ってそれを抑制しようとしてしまうのです。

Bianco, A., & Figueroa, P. (2008). Sobrediagnóstico, derechos vulnerados y efectos subjetivos. Ethos educativo, 43, 64-79.