もうスーパーウーマンにはなりたくない

31 10月, 2017

社会的にも個人的なレベルにおいても、男女平等を求める戦いにおいて私たちは大きく前進してきました。しかしながら、男性と女性の間にはたくさんの不平等が存在し続けています。女性の一人ひとりが、どんな人生を送りたいかを決定しなければなりません。

多くの場合、こういった不平等さは隠されていて、気づかないことすらあります。なぜなら、そういったことは完全に文化の中に溶け込んでしまっていて、女性自身によって促進されているものまであるのです。そういった女性は、多くの分野で私たちが進歩を遂げてきたにもかかわらず、社会の重さに従って自分たちをきちんと尊重することが未だにできないのです。

日々、ギャップは減ってきていて、女性は認知を得てきています。過去のどんな時よりも今、あらゆるレベルにおいて平等になってきています。けれども、解決されていない問題はまだあります。例えば、多くの女性は全てをかけなければいけないと感じています。つまり、彼女たちはスーパーウーマン、半分神様のような存在にならなければならないと感じているのです。

家は完璧な場所に建っていなければならず、子供たちを完璧に育てなければならず(自分にとっても完璧、配偶者にとっても完璧、義理の母親にとっても完璧、社会の輪にとっても完璧…)、美しくあらねばならず、手入れが行き届いていて、今風でなければならない。もちろん、私たちは努力しなければならないし、情婦のような存在なんて有りえません。私たちは、働いていなければ、異なる人生を選んだ私たちのことを理解できずにいる他の女性達から、不信を買うことになると考えるのです。

更に言うと、私たちが負うべき「義務」を果たさなければ、純粋なように見えて批判を含んだ質問によって、ちょっとしたプレッシャーをすぐに感じるようになるのです。「働いていないの?」「まだ論文を提出してないの?」「まだ小さいのに託児所に置いて行くの?」「前みたいにオシャレしてないよね?」

もうスーパーウーマンにはなりたくない

もう嫌です。私は声を大にして言います。恐らく、女性に対して作られたこの罠に私たちがはまってからしばらく経っていることでしょう。もしかしたら、私は全ての重荷を背負い、自分の前にいる人達のニーズに対応する義務があると感じているのかもしれません。そして、それを引き受けるか、本当は興味がないけれど他人の承認を得るために合意した環境に自分の身を置く義務があるとも。

鎖を腕に付けた女性

私はもうこんなことを続けるつもりはありません。女性である前に、私たちは人間であり、男性か女性かに関わらず全ての人がそうであるように、私たちには個人の権利と限界があります

やるべきことを全て実行し、ましてそれらを完璧に行うなんて不可能です。

私たちは、男性も女性も、間違いを犯す存在です。私たちは何かをすごく上手くできることもあれば、全く上手くいかないこともあります。カギとなるのは、社会の意見や世界が負わせようとする義務からプレッシャーを受けないということです。そして、完璧でないことについて自分たちを過小評価する必要はありません。なぜなら、そうすることで私たちは常に劣っていると感じてしまうからです。

あなたがいつものように髪を梳かさずに外に出ることが、世界にとって、人生にとって、あるいは宇宙にとって、どれだけ重要だというのでしょう?子供と時間を過ごすために、少しの間仕事や勉強を止めたところで何が起きるというのでしょう?あるいは、働くことを望み、託児所というオプションを選んだところで何だというのでしょう?

なぜ、世界は女性の行動についてお節介をやきたがるのでしょう?

スーパーウーマンでいることを止めるためのカギ

最初の、そして最も大切なことは、自尊心をよく見つめることです。往々にして、女性達は男性に比べて自尊心が低く、それは社会の中に長らく存在してきた役割に対する意識のためです。

多くの場合、この役割は、私たち女性が人生において本当にやりたいことと衝突し、これが不満や不安を生むのです。

ある女性は、自分は何かをやり遂げることがなかなかできず、もっと上手くできるのに、という視点を持っていました。より良い労働者、より良い母親、より良い恋人…外部が私たちに求めるこの視点は達成不可能に思え、常に私たちが失敗作であるように感じさせ、自尊心を深く傷つけるのです。考えてみてください。あなたが自分のやったことに誇りを持てないと思う度に、自尊心から強さが少しずつ失われていくのです。

次のカギは、承認の必要性を感じるからといって、やりたくない何かをやらないということです。実際には存在しない承認を探すことはもう止めるべきです。面と向かってでなければ影に隠れて、人々はいつでも私たちを批判したがります。そして、私たちは決して世界の全てを幸福にはできないのです。

私たちが一人ひとりに対して義務を持っているのは確かですが、それらは私たちが自信を以て選ぶべきであり、文化によって押し付けられるべきではありません。

雲と女性の影
最後に、罪悪感を忘れましょう。女性として、私たちはあらゆるものに罪悪感を感じます。すぐに仕事に復帰すること、家にいること、夕飯がまだできていないこと、友人と十分な時間を過ごしていないこと、自分の側にいる男性よりも成功していること。

もうたくさんです!罪悪感に目的などなく、これは私たちが何か間違ったことをしたと思うから生じるものなのです。こんな考え方は忘れましょう。なぜなら、正しくないからです。あなたはベストを尽くしているし、あなたが、あなた自身だけが送りたいと思う人生を歩んでいます。何よりも自分の面倒を見ることに対して、誰も罪悪感を持つべきではありません。

結論として、私は女性達が成し遂げてきたこと、残したことについて、あなた方を褒め称えることしかできません。更に、世界が求めることに引きずられることを止めた女性達に、私は賛辞を贈りたいと思います。彼女達は、私たちの状況が変わり、未来の世代の女性たちが社会の多数派によって押し付けられた義務を受け入れなくて良いということを保証してくれるでしょう。