忘れられた子供たち

· 2018年3月4日

忘れられた子供たち、つまり親に愛されない子供の事です。部屋の片隅に置き去りにされ身動き出来ない状態が、大人になってもそのまま続きます。愛情が拒絶されることで幸せな子供時代が奪われてしまったため、大人になっても飢えと怒りに満ち触れています。幼少期のトラウマに縛られているのです。

精神科教授ダニエル・J・シーゲル氏は著書「子育ての全て(原題:Parenting from inside out)」の中で、忘れられた子供たちは「恥の文化」と繋がっていると言っています。この言葉の裏には私たちが気づかない多くの現実が埋もれています。

普通の家庭を持たない事を恥じだと感じ、混乱の中にいる小さな子供たち。彼らには、認められたり同情されたり気遣われたり安心感をもたらしてくれる人や環境がありません。

 

「子供時代は長いものではない。だが全ての人にそれを満喫する権利がある。」

₋ ウェンディ・デール ₋

 

忘れられた子供たちには家庭の中に居場所がありません。望むものを手に入れる事もなく、泣いても何にもならないのだと諦めています。親の目に映ることも抱きしめられることもありません。心から気遣われ、何も心配することなどないのだと感じさせてくれるような家庭も持っていません。宇宙や魔法を信じるという事を教えてくれる人もいません。それは自分自身を信じるという事も含めてです。

この恥の文化の中で生きている子供たちは、深く暗い怒りと静けさ名の中をさまよっています。そしてこのような状況はとても身近に沢山転がっています。

 

忘れられた子供たち:ネグレクト

忘れられた子供たちと言うと、機能していない家族を思い浮かべるでしょう。身体的、または言葉による暴力、未熟な両親、精神的外傷などといった環境があります。子供たちが疎外感を感じる場所です。感情的にバランスの取れない、不安定で恐怖を感じる環境です。

そして忘れてはならないのは、こういった子供たちは意外と近くにいるという事です。近所にいるかも知れません。とても豪華な家に住んでいたり、とても愛想の良い両親を持っているかも知れません。学校に行き帰りする子供たちの中に、目の奥にひっそりと悲しみを隠している子供がいるかも知れません。

両親共々働きに出ていて、1人で鍵を開けて誰もいない家へ帰って行く子もいるでしょう。親は仕事から疲れて帰ってきて、その子と話をしたりするエネルギーなどもう持ち合わせていないという事もあります。これはあってはならない事です。この状況では暴力などというものは存在しませんが、家庭が上手く機能していない事は明らかです。これもまた虐待の1つの形です。愛情の欠如、子供に向ける意識の欠如、不在、気遣いのなさなどがそうです。

海を眺める子供の後ろ姿

 

誰もそんな生き方を強いられるべきではない

誰しも愛情のない暗い生活を生きるべきではありません。このような環境で幼少時代を過ごすと心の中に大きな壁を作ってしまう事となり、それを壊すには長い年月がかかります。エリザベル・キューブラー=ロス氏は著書「永遠の別れ 」の中で、このような子供たちが通過する特殊な過程について書いています。

 

「人生で起こり得る最も幸運な出来事の1つは、思うに、幸せな子供時代を過ごすことある。」

₋ アガサ・クリスティ ₋

 

このスイス系アメリカ人の精神科医いわく、これは箱の中に隠れた精神疾患を手探りで手術するようなものだそうです。触れば触るほど中身はどんどんぐちゃぐちゃになり、深みを増します。激情、怒り、欺瞞、怠慢、鬱が同時に存在する、混沌とした心の世界です。

こういった子供たちは成長した時、近寄りがたく、有意義な人間関係を築くことの出来ない大人になってしまいます。彼らは未だに「恥の文化」の中に生きており、なぜ自分は愛される価値がないのだろうかと苦しみ続けているのです。人として成長するのに不可欠な愛情を受けたことがないのです。

誰も人から無視されて生きるべきではありません。特に子供はそうです。人から愛され思いやられるべきです。大人は例えどんなに疲れていても子供たちのために時間を作るべきです。忍耐強さと愛情を持って接し続けるべきなのです。

私がお勧めしたいのは、育児と意識的教育に時間を注いでください、という事です。このように忘れられた子供たちを1人でも減らしていきましょう。あなたの意識や行動が子供の人生を変えるのです。