全力で愛することの真実

· 2017年10月22日

あなたが全身全霊をかけて相手を愛しているなら、恋愛関係に全てを投じているなら、中途半端に都合のいい時だけ愛されるなんて割に合いません。あなたが愛を受け取るべきなのは、通りかかった人に今にも崩れ落ちてきそうな、変化の希望が持てないヒビだらけの廃墟ではなく、完璧で十分に発展した場所からです。

世の中には、絶対に変わらない人達がいます。彼らは自由であるべきか、孤独であることの恐怖の代わりに平穏を失う恋愛関係にいるべきかについて、熟考します。彼らは、一人でいるよりは「悪友」といる方がマシだと考えるのです。彼らにとって、矛盾するものは全て間違いであり、そうなると自分自身を愛する方法を学ぶ機会を失ってしまいます。

そして、私たちは二つ返事で自分を売り、愛の価値を減らすのです。どういうわけか、私たちは冷たくて誰も気にかけたり守ってくれたりすることのない場所に愛を放置してしまいます。私たちが自分たちに伝えるメッセージは、「愛よ、どうか自分のことを大事にしてね。私はもうあなたのことを気にかけてあげられないから。自分ではやりたくないから、よそから誰かがやってきて、あなたのことを大事にしてくれることを祈っているよ」というものです。

花畑を歩く女性

自らを愛することは一人になるリスクを受け容れること

これが自分の心のなかでの会話である時、私たちは危険な場所に足を踏み入れています。まず、自分を幸せにしないものから逃げるために、自分自身を十分に尊重していないからです。次に、自分が気分よくいるために、常に他人を頼っているのだとしたら…周りに誰もいないとき、どうやって良い気分になったらいいのでしょう

マゾヒスティックな振る舞いが始まるのはこういう時です。あなたが好きなように、私を扱いたいように扱って。なぜなら、どれだけ傷ついても(実際に痛くても)「私たち」のために「戦う」のだから。実際には、「私たち」なんて存在せず、そこには「あなた」が存在するだけです。自分自身が一人の人間でえあることを完全に忘れています。

これは全て、相手を失いたくないがための行動です。相手が離れないためなら何だってする。彼らの振る舞いの全ての責任を取って、恋愛関係の中で起きた全ての間違いの責任を取る。そうすれば、私は自分の心が嵐の中を一人っきりで進まなくていいことを確証できる。少なくとも、ここでは守られていて、生きていくことのリスクはないから。

全力で愛するには勇気と責任が必要

「リスク」は、取ることを後回しにし続けると、心の空間がどんどん広がり、恐怖もどんどん生まれていきます。一人であることの恐怖は、自分自身の心に対して最悪のことを行わせます。私たちは自分の心を打ちのめし、時々都合よく愛するだけの他人の手にゆだねてしまうのです。

私たちの心は、新生児のようなものです。それは母親の側にだけいたがり、彼女によって愛され、育てられたいのです。私たちの心はまず私たち自身を愛し、成熟した時に、その愛を他人と分かち合うことができるのです。でもそれまでは、私たち自身がそれを大切に扱い、愛し、安全に成長し学べる場所を保証しなければならないのです

手を取り合う

あなたが全力で愛する時、そこには責任がともないます。あなたは勇敢になっています。なぜなら、誰かを愛することに確証はないからです。多くの場合、うまくいく保証なく誰かを愛しているということに私たちは気づきます。私たちはリスクを取ります。リスクが存在するということは知っているのです。

誰かが埋めてくれるのを待たず、自分で空白を埋めていく

ですが、穴だらけでボロボロの心よりも、大切にされ、守られた心でリスクを取った方が良いでしょう。誰かに埋めてほしい穴…これが、転落の始まりです。心が生き抜けない時、それはその相手のせいなのです。

愛する人と人生を分かち合うことは素晴らしいことです。しかし、他人の手に未熟で弱い愛を委ねる前に、まずは自分自身を最も深い部分から大切にする必要があります。これが、誰かに健全な愛を抱く前に私たち全員が取るべき最初の一歩なのです。