愛について語りたい

2019年3月7日

私達は、映画で見るような愛について語るのが好きです。肌で愛を感じたいと思い、自分にとっての特別な人が理解と優しさと慈しみを持って自分の名前を呼んでくれるのを耳にするのが好きです。愛を感じ、計画を立て、より良い人間になるのが好きです。なぜなら、私達は自分の心のリズムを変えてくれるような物語が大好きだからです。

私達はこんな風にロマンスについて語るのが楽しいのです。それは、ハッピーエンドで終わる愛であり、大切なのは最後の幸せなキスで、日常生活の側面にはあまり気を留めません。私達は美しい愛、魔法のような愛、自らの手で勝ち取った結婚を前提とする愛、時に無意識に求め望んでしまう愛にフォーカスしているのです。

2人の人間が出会い、恋に落ち、関係を結んでいくという冒険を始める物語ほど良く、美しいものはありません。ですが、その後の事はどうでしょうか?花束のない日、パジャマに身をくるんで過ごしている瞬間、家の周りをぶらぶらしている時間、一緒に買い物に出かける時間など、日常の瞬間は語られることがありません。こうした部分について語るのはあまり好きではありません。なぜなら、魔法の要素がないからです。ですが、そこにも愛はあります。

肩を寄せ合う2人

私達はみな、ハッピーエンドを求めていますが、こうした小さなステップを踏まずしてどうやってハッピーエンドに辿り着こうというのでしょうか?愛のゴールは、映画で見るようなファーストキスではありません。愛のゴールは、お互いの腕の中に飛び込んだり、婚約したり、結婚したりすることではありません。映画で見ることはほとんどありませんが、愛の最終地点は、往々にしてその気持ちが無くなった時です。

「ハッピーエンドで終わる真のラブストーリーなんて一つも存在しない。それが愛ならば、そこに終わりはない。終わりがあるとすれば、それは不幸せなことだ。」

―ホアキン・サビーナ―

私達は愛について語るのが好きですが、愛は私たちが考える以上のものです。人はそれぞれ日々自分のハッピーストーリーを紡いでいます。山あり谷ありな出だしを乗り越えるための鍵は、それぞれが惜しまずに努力を注ぐことにあります。もし各々が多くの努力を注ぎたいと思えば、最後には成功が何倍にもなるでしょう。

愛と幸せはワンセット?

そうかもしれないし、そうでないかもしれません。あるいはもっと現実的に言えば、時にはそうであり、時にはそうでないということです。時に愛に泣かされ、傷つき、疑いを抱くことがありますが、それだけの価値がなければいけません。私達は愛のこうした面も語り、普段聞くことのない物語の裏側にも耳を傾けるべきです

幸せは生活の多くの分野に見出すことができるのですから、愛のみにしか見出せないと思うのは間違いでしょう。あまりに多くの人が、自分の一部が欠けているような気がして、ロマンスを求め必要としてしまっています。ですが、覚えておいて下さい。私達は既に完成品なのです。求めるなら、自分を完結させるためではなく、追加品を身にまとうために求めましょう。

私達は幸せな愛について語るのが好きです。その幸せな愛というのが、愛と幸せをあまりにも強く結びつけてしまう理由かもしれません。愛がもたらしてくれる希望を励みにしているため、私達があまりに理想主義になっているのも不思議ではありません。ですが、物語の王子様とお姫様もまた日常生活を生きなければならず、2人で一緒に暮らす試練に向き合わなければいけません。こうしたことが舞台の裏側で起こっているのに、私達は、表舞台で見ているものしか信じず、話さないという間違いをおかしているのです。

並んで座る2人

物語の続き

では、讃えられるべきカップルの物語をお話しましょう。2人は、初デートの後も、ファーストキスの後も、初めて夜を共にした後も、お互いを愛し合っていました。そして2人は、心から望んで選んだ人の隣にいると思いながら床に着くことを続けました。また、2人は口論をすることもありました。時には、お互いが嫌いになったり、なんと言っていいか分からないこともありました。ですが、そんなこんながあったにもかかわらず、2人は幸せでした。

2人の物語の出だしはあまり良くありませんでした。いばらの道で、口論をすることもありましたが、労力と愛情を多く注いで、これを乗り越えることができたのです。

ですが、物語はここで終わりではありません。では最後まで続けてみましょう。ハッピーエンドではありません。本当の終わりです。

2人の愛は、いつも十分ではありませんでした。そして、誰か別の人物が外からやってきて、2人の物語を終わりへと追いやってしまいました。ですから、全てが全て、幸せに終わったわけではないのです。世の中には様々な愛が存在します。初めの部分だけではなく、ただ美しい部分だけでもなく、愛は存在します。部分的で美化されたものよりも、もっとワクワクする(そして、時にもっとつまらない)物語の全容が、本当の物語なのです。