幸せに制限はない

· 2018年11月8日

限界とは何か、と数学の生徒に聞かれた際、わたしは限界とは動きだと答えます。動きはぎりぎりで止まったり、時には終わりがなかったりします。これは、「何かを手に入れること」に向かっていく動きでもあります。これによって幸せを得ることはできるでしょうか?

多くの親は、子どもにありのようになるように言って、キリギリスを嫌います。(知らない人は『アリとキリギリス』のお話を検索してみてください。)お話の最後に有罪とされるのは、もちろんキリギリスです。未来は予想できず、物事がうまくいかなかったらどれだけの蓄えがあるかなんてわかりません。

子どもは、この哲学の複雑さをはじめ理解できません。知識は試験に合格するためだけの方法であり、親を喜ばせることであると思っています。

知識は、恋に落ちたときに新しい意味を帯びてきます。その時、すべてを知りたくなるのです。発見できるすべてを知ることが出来る可能性にワクワクします。だから、愛は知識の原動力になるのです。初期の段階で起こる理想化と共に、それ自体を強める動きになります。

「一つのキャンドルからたくさんのキャンドルを灯すことができます。命のキャンドルは短くなることがありません。幸せは共有されることで短くなったりしません。」

-仏陀-

カギ
幸せと持っている必要性

最もよく見られるモチベーションは、「持っている必要性」です。常に消費主義へ向かっているような社会にわたしたちは生きています。人生の質を保ち、より多くのものを得ることでそれを高め続けるように奨励されています。

しょっちゅうモデルが刷新されて、過去のものが時代遅れになります。道で見られなくなり、博物館の展示物となり、立ち去る人たちが目を向けます。常に動き続けていることがわかる例です。

お金はこのニーズを利用して、わたしたちを誘い込みます。威厳、体、利他的な動機を誘惑してきます。こうして、お金は多くの人が拒むことができない魅力を手にしました。このために多くの人が自分の魂を悪魔に売りつけています。

お金は報酬になりました。私たちは人が向かう場所へ行こうとしますが、実は人は、お金が導く方へ行くものなのです。誰かが特定の活動を行ったという事実が、他の人もそれに続く正当な理由になるんです。

それが、政治やスポーツにおいて、一歩先を行くために自分の権力や体を乱用するよう促している要素です。ドイツのナチズムにおいて殺人者の気まぐれに人が従ったものこれが大きな理由です。みんながそこへ向かうなら、それこそ幸せへの道です。もしそれが本当なら、それに従わない理由がありますか?

幸せと喜び

「動力」であり不満の源でもあるもう一つが、快楽です。満足を求める欲求は、わたしたちの守りを弱くします。永久的なものより一時的なものを望むようになります。長続きする幸せより短気の快楽を探し求めるようになってしまうのです。このように、快楽は人のもろさを誘惑します。明日はないかもしれないから、今日を楽しもう。

このような絶え間ないメッセージと、どうやって戦ったらよいでしょう?新聞は不幸ばかりで希望への理由はあまりありません。

進み続ける

自分の快楽を満たせれば死んでも構わない、というところまで来てしまったのはこのせいです。しかし、それでは寓話やアリのふるまいとは真逆ではないでしょうか?もしもの時のために積み上げておくという考え。こうして神経症的傾向があわられ、他の人を壊してしまうような無秩序的なふるまいを起こします。進もうとする努力の中で、人は生きる理由を忘れてしまったのです。そして、常識もです。これは、責任か喜びかを選べないとき起こります。

クラゲ

すべてが複雑になってきたとき、進み続けることを可能にする常識を人は忘れてしまいました。お金とはほとんど関係なく、どちらかといえば本当の価値観に関係している論理です。この常識の重要さを忘れずにいましょう。ヴィクトール・フランクルの有名な作品を思い出してください。その中で彼は、事実が嘘かはおいておいて、常識によって多くの人が強制収容所というひどい状況で生き延びることができたということを説明しています。これがなければ、彼らは諦めてしまっていたかもしれません。

徳としての幸せ

幸せのもっと魅力的な解釈は、徳と関係しているものです。しっかりと運転席に座って、目的について考えさせてくれます。感謝、許し、愛することなどの徳について考えさせてくれます。過去、現在、未来を受け入れる私たちという存在の中の活動です。個人的なストーリーへの良い結果、現在の共有の可能性、未来への希望を確実にしてくれます。

この道にあるのは、知りたいという欲求です。他人を知りたい、自分を知りたいという欲求です。この知識には、決して終わりがありません。落ち着きと安心感を与えてくれます。人生でこの方向へ向かっていけば、疑問や答えに出会います。私たちの影が幸せになります。持っている必要性と存在の必要性の違いを照らしてくれる影です。

幸せの探求は、終わりのない限界です。幸せは動きであり、無限の何かです。だから、たくさんの部屋を開けながら歩いていきましょう。