アントニー・デ・メロ:スピリチュアル指導者の人生

2019年8月28日
アントニー・デ・メロはスピリチュアルの素晴らしい指導者です。ここで、彼について学びましょう!

アントニー・デ・メロは、インドのイエズス会教師でスピリチュアル指導者、そして、心理学者です。著書、講演会、独特な性格から彼は有名になりました。アントニーを妙な人だと考える人もたくさんいますが、彼を素晴らしいと考える人もいます。

アントニーは最後に書いた本「人生の再発見」などの中で、人は皆幸せな状態でこの世に生を受けたと言っています。しかし少しずつ、苦悩という自分のカゴで時間を過ごすことにより、生まれもった力に意識が向かなくなるのです。思考が自分の最大の敵だとアントニーは考えます。

一方で、私達の精神的特性を受け入れることが必要だと言います。彼は、すべての宗教の信念を受け入れていました。すべてが心地よく、家のようだと感じていました。そのため、彼のアプローチは多神教的であることが多く、カトリック教会はこれを好みません。実際、教皇ベネディクト16世は、バチカンにいる間、彼の教えを禁じています。

 

アントニー・デ・メロの影響

アントニー・デ・メロは、スピリチュアルに関する本でもっとも売れている作家の一人です。本の中にあるメッセージは、個人の成長への誘いです。また、感動的で革命的でもあります。

彼に主な影響受けた人には、仏僧アーチャン・チャーや哲学者ジッドゥ・クリシュナムルティがあげられます。アントニーの死後30年が経過しましたが、今も著書は売れ、新しい世代を魅了しています。彼は衝突を解消し、自由と幸せのために働きかけることを教えてくれています。

「完全な愛は恐怖を投げかける。愛があるところに、要求や期待、依存はない。幸せにしてもらうことを望まないし、幸せはあなたの中にあるものでもない。もし、あなたが私の元を去るとしても、私は自分を可哀そうだとは思わない。私はあなたとの空間を深く楽しんだが、それにしがみつきはしない」

-アントニー・デ・メロ-

アントニー・デ・メロ スピリチュアル指導者 人生

 

アントニー・デ・メロの人生

1931年9月4日、イギリス領インドのボンベイに、アントニー・デ・メロは生まれました。中流階級のカトリックの家庭です。父親フランクと母親ルイーザは、ゴアというポルトガル領の原住民で、長男であったアントニーは、鉄道事業を継ぐか高等教育を受けることが期待されていました。

しかし、アントニー・デ・メロは、イエズス会の司祭になりたいと考えます。1947年7月、ボンベイ校外にあるビナラヤの神学校でイエズス協会に入会することを決意します。そして、1952年、大学教育を受け、スペイン、バルセロナで3年間哲学を専攻します

後に、心理学者としての教育を受けるためロヨラ大学に留学します。アブラハム・マズローと共に人間的アプローチを最初に提唱したアメリカの有名な心理学者カール・ロジャースの影響を受け、また、尊敬していました。大学教育を通し、アントニー・デ・メロは異なる文化から学びました。それだけでなく、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、マラーティー語も習得しています。

アントニー・デ・メロとすべての宗教におけるスピリチュアルの探求

70年代、アントニー・デ・メロは、ヴィパッサナー瞑想と仏教精神に心を開きました。

すべての宗教が、すべての人に癒しの視点を与えてくれるというのが彼の意見です。そのため、彼はすべてを受け入れ、影響を受けたのです。彼にとって、イエス・キリストの精神的教えは、孔子や老子、仏陀と同じように素晴らしいものです。1982年に出版された著書「小鳥の歌」の中で、アントニー・デ・メロは、スピリチュアルを次のように定義しています。

スピリチュアルとは、内なる変化につなげるためのものである。先生により教わった伝統的なメソッドを適応したとしても、その人にとってそれが機能を果たさなければ、それはスピリチュアルではない。人を温めないブランケットはもはやブランケットではない。人は変化し、ニーズも変化する。スピリチュアルであったものが、スピリチュアルでなくなる。一般的に、スピリチュアルという名の下にあるものは、過去のメソッドの単なる記録でしかないのだ。

このインドのイエズス会員で心理療法士の有名なもうひとつの面は、精神的黙想を行う偉大な力で、これにより人々を導き、感動を与えました。アントニーは才能に富み、多くの人を惹きつける性格の持ち主でした。しかしその他の人にとっては、異端者であったことも事実です。

アントニー・デ・メロ スピリチュアル指導者 人生

伝統的カトリックには理解しがたい立場を守り、アイデアを考え直しました。彼はヒンズー教、ユダヤ教、仏教、カトリックを保護し、平等に大切にする異宗教家でした。簡単に言うと、彼はすべての宗教に感動していたのです。そのカリスマ性は、非常に力強く、彼の教えを信仰する人は何千人といます。

アメリカのスピリチュアル・マスター

70年代、彼はインドにサダナ研究所を作りました。そして、アメリカでの実践や話を通して、東部のスピリチュアルを紹介することに人生を捧げました。世界中を渡り、ヴィパッサナー瞑想に基づいたある種のお祈りを人々に教える心理学者で、スピリチュアルの信仰療法者になったのです。

彼の教えの中には、現在に焦点を当て、感情、思考、ニーズを意識することを目的とするものもあります。合計18冊の本を書き、世界中の多くの人に感動を与えています

アントニー・デ・メロ スピリチュアル指導者 人生

1987年、アントニー・デ・メロは55歳の時、致命的な心臓病で突然亡くなりました。ですが彼の死後も、彼の精神や理論的遺産は生き残り、ある意味で彼の目的を果たしています。自分の価値をより意識することを教えてくれているのです。何より、「目を覚まし」、自身や周囲とつながるよう私達を導いてくれました

  • De Mello, Anthony (2008) Redescubrir la vida. Lumen