アージーによる実験:幽霊は私たちの頭の中にいる

これまでに、周りに誰もいないにも関わらず誰かがそばにいるような感覚に陥ったことはありますか?この記事では、誰もが経験したことのあるこのありふれた架空の知覚についてお話ししていきます。私たちの脳がどれほど繊細なのかについて、とても興味深い内容をお届けしますよ。
アージーによる実験:幽霊は私たちの頭の中にいる
Francisco Roballo

によって書かれ、確認されています。 心理学者 Francisco Roballo.

最後の更新: 21 12月, 2022

アージーによる実験で解き明かそうと試みられたのは、それまで誰も手を出そうとしなかったようなものでした。長年の間、人影を目撃したり、誰かの存在を感じたりといった我々の知覚に起こる変化に関連するものは全て妄想的なものとして扱われてきました。しかし最新の脳研究技術により、今では科学のレンズを通してそういった事象の大半を研究することができるようになっています。

誰もが皆、少なくとも一度はいるはずのない誰かからの視線を感じたことがあるでしょう。そのせいで自分自身の感覚を疑ってしまったこともあるかもしれませんが、だからといってあなたが”狂っている”訳ではありません。この理由は、脳があまりにも複雑な感覚調整機器であるが故、いかなる脳内の変化も知覚に関するエラーを引き起こしかねない、という事実があるためです。

アージーによる実験

シャハール・アージーはスイス連邦工科大学ローザンヌ校の教授です。その研究の中で、彼は幻覚状態には生理学上の仕組みがあり、脳の領域が多感覚同化に関わっているということを証明しました。

周囲に誰もいないのに誰かが近くにいるような感覚は、精神疾患がある患者からも精神状態が健全な人々からも報告されています。

アージー 実験

彼はどのように実験を行ったのか?

実験でアージーは、部屋の中に別の人間の人影がある、という感覚を被験者のなかに引き起こしました。これには集中電気刺激が用いられました。

アージーは、それまで精神疾患を患ったことのなかった被験者に対してこの実験を行いました。彼が刺激したのは、被験者の側頭頭頂接合部(TPJ)です。アージーがこの領域を刺激する度に、被験者は自分の背後に人影がいる、と感じ始めました。

バリエーション

アージーは、被験者の立ち位置を変えて実験を繰り返しましたが、人影は常に被験者の位置に対して同じ場所に現れました。これは、人影が単に自身の体の投影であることを提唱しています。

TPJへの刺激の結果起こる、多感覚あるいは感覚運動処理変化により、この現象が引き起こされた可能性があります。さらに興味深いのが、かつてTPJは自己処理や自己と他者との区別に使われている、と考えられていた点です。

TPJの役割

その名の通り、側頭頭頂接合部は頭頂葉と側頭葉が接合する部分です。頭頂葉は体の体性感覚や運動機能マッピングと強く結びついています。

側頭葉は言語処理を行い、感情処理のために皮質下領域との接続を作り出します。しかし両者の接合部分であるTPJは、単なる多感覚同化のための領域というわけではありません。この部位は自己処理の認知的側面にも関連しているのです。

TPJと体外離脱体験

TPJは以下のような処理を行う領域であるため、アージーの実験ではここを激しく活性化させることに焦点が当てられました

  • 自己に対する心的イメージ
  • 視覚空間的視点
  • 自己と他者の区別
  • 前庭同化と多感覚同化

実験の中でアージーがTPJに刺激を与えた時には、被験者は人影を自分自身の投影だとは感じず、自分とは別物の存在として感じました。この現象は、側頭葉が持つ自己に関する言語的感覚への働きによって起こります。

そばに誰かがいるような感覚

アージーの実験についてお読みいただきましたが、おそらく最初の疑問は、「なぜそれほどの解離状態に気づかずにいられるのか?気づくはずではないのか?」というものでしょう。実験によれば、こういった感覚は被験者たちの体外で起こっているように感じられるようです。そこから導き出される結論は、私たちの脳の「自己の感覚」は非常に脆いものだということです。

したがって、いかなる構造的、電気的、あるいは機能的変更にも、知覚のエラーを引き起こす可能性があるということになります。言い換えると、私たちの自己感覚あるいは自分自身の身体と他人のものとを区別して知覚する能力は、思っていたほど安定しているわけではないということです。

扁桃体の持つ役割

扁桃体は皮質下構造で、大脳辺縁系の一部です。この神経系構造は、人の体験の情緒面を処理するために欠かせない部分となっています。

TPJへの刺激によって起こる全ての変化が、脳にとっては外部的なものに感じられるため、これに対して即座に起こる反応が恐怖心となるのです。我々は、自身の体が自分の外部にあるという感覚に慣れていませんので、扁桃体がネガティブな感情的反応を生み出すのですが、これがかえって幻覚を悪化させてしまいます。

アージー 実験

この感覚の危うさはどのような体験をもたらすのか?

この体験の内容は非常に多岐に渡ります。医学的観点から言うと、包括的な体験が「体外離脱体験」となり得ます。中でも以下のようなものが一般的です:

  • 自分の体が浮いているような感覚。
  • 自分の体を体の外側から眺める体験。
  • 外部的な存在を感じる体験。
  • 極端に明快な思考や鮮明な夢。

これらの体験は精神疾患の兆候なのか?

アージーが実験で示したように、こういった解離体験は、メンタルヘルスの問題が全くない場合にも起こり得ます。

しかし脳の変化によって特殊な体験をしてしまいやすい条件というのがいくつか存在しています。以下がその例です:

  • 金縛り状態。これは入眠時および覚醒時幻覚に関連しています。金縛りは、身体のコントロールを得る前に目覚めてしまう状態のことで、動こうとしても筋肉が麻痺しているために身体を動かすことができません。その結果、脳による動きの知覚が変化させられてしまうのです。
  • てんかんと激しい片頭痛。脳の電気的変化により、アージーが実験で作り出したものと同じような効果が引き起こされることがあります。
  • 神経変性疾患。この病気を抱えていると、幻覚がよく引き起こされます。神経組織の劣化が感覚同化の問題につながってしまうのです。ほとんどのケースで、これを体験する年配の人々は外部的な存在を近しい友人や家族と結びつけて考えてしまいます。

しかしこれらとはまた異なる理由で感覚処理機能がおかしくなってしまうというケースも存在します:

私たちの脳はとても魅力的!

アージーの実験による発見は、かなり懐疑的な読者たちまでをも驚かせました。私たちの自分の身体を認識する能力は、みなさんが考えているよりもだいぶ複雑で脆いものなのです。

しかしそれだけではありません。問題の一部は、人類は長年にわたってこのような現象を「妄想的」だと決めつけていたことです。しかし現在、必ずしも全てのケースが妄想というわけではないことが証明されつつあります。

歩いているときに人影を見たり、マネキンを人であると考えてしまうことは、似たようなタイプの些細な幻覚です。これらは小さな知覚エラーであり、メンタルヘルスに関わるようなものではありません。ただ、なぜこのような現象が起きるのか理解することで、自分自身をより詳しく理解することにつながるかもしれませんよ。


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