仏教が説く、意識を阻害する3つの間違い

· 2019年3月9日

意識を阻害する間違いというものは、物事の過程を遮ってしまう西洋の傾向と繋がりがあります。何でもコントロールすることができるという考えを植え付けてしまいます。あるべきであり必要なだけの時間を要するからこそ、すべての過程は存在するのです。物事は始まるべき時に始まり、終わるべき時に終わります。

仏教において、物事を中断したい、現実を変えたいという欲求は、意識を阻害する間違いです。これらの間違いは、自分に起こったことを否定したり、煩わしく思うことを解決するときに一貫して行動しなかったりすることで起こります。これは出口に導いてくれることはなく、障害になり得ます。

意識とは、今という瞬間を見て、感じて、理解することです感情のバランスを取って、賢く欲求を取り扱うことで、初めて現れる賢明さです。人生というものは個々にピッタリ合うよう作られているわく、流れに沿うことを学ばなくてはいけません。これを可能にするために、意識を阻害してしまう3つの間違いを特定することが重要です。

「過去に生きず、未来を夢見ず、今という瞬間に精神を集中させなさい。」

-釈迦-

憑りつかれたように探求する

探求という概念は、何かが完全であるという考えを諦めるということです。探求は、緊張を生み出します。人には何かを見つけ出したいという欲求があるものの、 それがどこにあるかはわからないからです。どんな探求にも苦悩があります。探求に取りつかれたようになると、これは意識を阻害してしまう間違いのひとつとなります。

ここでお話ししているのは、真実、答え、経験の探求です。多くの場合、頭の中で求めているものを見つけることで何かが大きく変わると信じているために行います。これは正しくありません。それにも関わらず、その「何か」を見つけることに対する期待を抱くことを人はやめません。

必要なものは、今という瞬間だけですこれこそ仏教が教えていることです。仏教の中では、人は自分に相応なもの、理解して吸収できるものを見つけることができます。今の時点で何かを経験していなかったり、持っていなかったり、知らなかったりしても大丈夫です。それが今のあるべき状態なのです。憑りつかれたように探求することは、人をより混乱させるだけです。

 

鍵
変化を強制する:意識を阻害する間違い

特定の変化は、状況が適切な時にのみ起こります。これは自然と起こるものです。流れるようなもので、自分がそれに準備ができている場合にのみ起こりえます。その為、変化を強制することは無意味です。

仏教は、非難することなく、自分自身の思考、感情、姿勢を意識することに取り組むように説いています。自分自身との戦争を始めることは、意識を阻害する間違いのひとつです。自分という人間、考え方、感じ方を理解した時、すべてのネガティブな面は力を失います。

変化を起こさせるように自分を非難する必要はありません。都合の悪い自分の部分を修正できていないとしたら、自分がそれを完全には理解できていないからです。理解し始めたとき、そういった部分は消えていきます。

「永遠なものはない。すべてに変わる可能性がある。『存在する』ことは『なる』ことだ。」

-釈迦-

責任の監獄

責任というものは、自分に押し付けるものではありません。私たちが自動的に適応している外的な「責任」がたくさん存在します。これらの責任をため込んで、諦めることができなくなるような周期を作り出してしまいます。結果的に、これによって罪の意識を常に感じます。決して満たされることのない永遠の虚空です。

熱意と信念を持って義務に取組まなければ、自分自身を傷つけるだけです。これによって自分自身の本質から遠ざかります。

いくつかの責任は、他人を満足させたり、不服従によってもたらされる恐怖に直面することを避けたりすることにしかなっていません。これは難しい状況です。これによって自分という人間を発見することは出来ません。逆に、継続的な自分自身との対立を生み出します

鳥

責任というものも、自然と流れるものです。私たちは限度や境界線を設定しなくてはいけません。諦めることができたら、より大きなものを手に入れることができるからです。だから、圧力や悲しみではなく、信念や喜びを持って行える責任を引き受けましょう。

意識を阻害する間違いのすべては、現実に直面して、過程を踏んでいくことに対する反抗の傾向と関係があります。これは人のエゴです。現実より自分自身のことを考えるように誘う、内面的な力です。こうすることで、現実を見て理解することができなくなります。そしてゆくゆくは苦しみに導かれます。

「朝起きて、笑顔になる。24時間の新しい時間が目の前にある。すべての瞬間を精いっぱい生きて、すべての生きるものの目を思いやりを持って見ることを誓う。」

-ティク・ナット・ハン-