誰かを憎むと、その相手から逃れられなくなる

自分を傷つけた相手に対して憎しみを感じるのは人間として当たり前です。しかし、この感情はあなたが思っている以上にあなたをがんじがらめにしてしまう恐れがあります。本記事を読んで、自分を解放する方法を学びましょう!
誰かを憎むと、その相手から逃れられなくなる

最後の更新: 25 3月, 2021

私たちは皆、憎しみを愛の反対だと考えがちです。例えば誰かから心底傷つけられたり裏切られたりしたら、あとはもう相手を嫌い、恨みを抱くしかなくなるだろう、とあなたもお考えかもしれません。こういった相手にはそのような仕打ちをするのが妥当に思えますよね?しかし実は、そうとも言えないのです。これに関しては時に、「誰かを憎むとかえってその相手から逃れられなくなる」という冷酷で厳しい現実を認識するのが難しくなってしまいます。憎い相手から解放される方法は、その人物を許し、自分自身をその嫌な経験全体から切り離すという手段しかありません。

私たちはそれぞれ独自のコーピングメカニズムを持っているため、人によって侮辱や加害行為への反応の仕方は異なります。そして時には悲しみよりも怒りの方が実用的な場面があることも事実です。なぜなら、怒りは人を突き動かし、力強くして前に進ませることができるからです。ただし、この感情が長期間持続すると、その人の心は毒され、痛ましい過去に囚われたままになってしまうだけでしょう。

私たちはなぜ人を憎むのか?

あなたが憎んでいる相手について、あるいは今まで生きてきた中で憎く思ったことのある相手について考えてみてください。その人物は単なる「誰か」ではありませんよね?きっとあなたの人生で何か重大な役割を演じた人物のはずです。

憎しみは非常に強烈な感情で、非常に特殊なタイプの刺激によってしか生じません。このことはほぼ全ての人に当てはまります。基本的に、私たちが人を憎むのは、攻撃された、または良いように利用されたと感じた時や、誰かに身体的あるいは心理的健全性を侵害された時です。

つまり、私たちはただの「どうでもいい相手」を憎んでいるわけではありませんよね?考えてみてください。あなたはおそらく、今は憎い相手を過去には尊敬あるいは崇拝していたのではないでしょうか。その理由は、強い情緒的結びつきを持つ相手だったから、あるいは何らかの形でその人物があなたに対して権威を持っていたからのいずれかです。そのため、虐待や育児放棄をした親や、自尊心に悪い影響を及ぼした意地悪な教師、あるいは世話をしてくれると約束したのにそれとは正反対のことをしてきた人物などを憎むことには、何の問題もないことのように考えるのが一般的なのです。

誰かを憎む 相手から逃れられなくなる

憎しみは、有罪の宣告でしかありません。つまり、誰かを憎むと私たちはまるで自分が「裁判官」であり、その相手の悪しき行いに対して評決を下す権限を持っているかのような気分になるのです。その人物が処罰に値すると信じ込むばかりか、自分自身の手で片をつけたいとまで願います。そしてこれがまた憎しみに繋がるのです。

誰かを憎むとその人から逃れられなくなる

まず、自分を著しく傷つけた人々に対して憎しみの感情を抱くのは至って人間らしいことだというのを心に留めておきましょう。その感情は正当であり、私たちにはそれを感じる権利があるのです。相手を罰したいと思うのも当然だと言えます。しかし実際には、その人を憎むことによって私たちはただ自分自身を罰しているだけなのです。

誰かに恨みを抱くというのは燃えている石炭を自分の手で持ちながら相手が火傷するのを待つようなものだ、と例える人がいますが、これは完璧に正しいと言わざるを得ません。結局、憎むことで暗闇の側に立たされるのは自分の方なのです。相手が引き起こした痛みや裏切りを追体験し続けるのは自分自身の方であり、そうすることでそれほど憎い人物との繋がりが切れずに残り続けます。こうなれば、その人物の行動が現在の自分にまで影響し続けるでしょう。

こういった強烈かつネガティブな感情を長期間心の中に持ち続けていると、心が大きく疲弊してしまいます。憎むことでその相手との結びつきが維持されますが、これはつまり、自分自身を癒そうとする代わりに相手について考えることにばかり時間や精神力を費やし続けるという意味です。しかし、自分の経験を受け入れ、許し、解釈し直すことで初めて、自分を縛り付けていた鎖を壊すことができます。

誰かを憎むと、その相手から逃れられなくなる

相手から解放されることを恐れないで

全ての侮辱が等しく深刻だというわけではありません。そのため、相手から離れることが他のケースよりも困難な場合もあります。そうは言っても、これは自分自身のためにしなくてはならない、価値のある努力です。この努力を始めるにあたって不可欠な最初のステップとなるのが、起こった事実を受け入れることです。抗うのはやめて、「こんなはずではなかった」と強迫的に考え続けるのはやめねばなりません。過去を変えるのは不可能であると認め、自分の人生物語の一部として受け入れれば前に進み出せるようになるはずです。

次に、自分の経験の意味づけをし直しましょう。この「意味づけのし直し」という言葉は、人間の持つ、同じ事象を別の形で解釈し直す能力について言及しています。その経験が引き起こした痛みや不正にばかり焦点を当てるのではなく、そこから得ることができた教訓に目を向けましょう。どれほど困難なものであれ、経験というのは何らかの形で必ず自分の成長の糧となり、自分をより強い存在に変えてくれるものなのです。

最後に、相手を許しましょう。このステップが最も難しいはずです。きっとあなたは、「許したら、相手が無罪であると完全に認めることになってしまう」と思ってしまうかもしれません。しかし、許すことと相手の行動を罪がないものと認めることとは同じではないのです。むしろ、許すことによって人は、憎しみを持ち続けるという重荷から自分を解放することができます。許すというのは過去を忘れるということではありません。憎しみが自分を傷つけ続けるのを妨げるという意味なのです。

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