毒母シンドロームとは?

· 2017年11月7日

 

ジル・チャーチルは、完璧な母親になる方法などないけれど、良い母である方法はゴマンとあると信じています。著名な作家であるチャーチルは、繊細な優しさをもって母になることの利点を語ります。ですが、母親が母親になりたいという欲求を持っていなかったとしたらどうでしょう?これこそ、毒母シンドロームの理由になりえるのです。

現代において、母親になるという話題は神経を逆なでしかねません。多くの女性にとって、これは人生における最も素晴らしいことです。他の人にとっては、美しく、幸福を表すものです。しかし、世の中にはそもそも妊娠などしたくなく、子供を養子に出したり、放棄したりする人もいます。そして、様々な状況によって母親にならざるをえなかった女性達もおり、彼女たちは実際のところ、心の奥底では子供など生みたくなかったのです。

「ゆりかごを揺らす手が世界を支配している」

– ピーター・デ・ブリーズ

毒母シンドローム

心理学者のオルガ・カルモナは、子供への興味などまったくない女性達がいるということを理解するのは簡単ではないということを認識しています。私たちの多くは親にならないというオプションが有効でない社会に生きています。しかしながら、このプレッシャーは有害無益です。

毒母が生まれるのは、まさしくこのプレッシャーからです。これらの女性たちは、自分のコントロールや意思がまったく及ばない理由によって母親となったのです。

窓の外を悲しげに見る女性

毒母とは、社会的な決まりや、元から準備されていたシナリオの中にいるがために母親となった女性達のことです。環境によって作られた運命が慣性を生じさせ、こういったことが起こるのです。

毒母シンドロームの結果

想像にかたくないように、毒母シンドロームの結果は全く喜ばしいものではありません。更に悪いことに、これは母親だけでなく、すぐ近くにいる子供たちにも影響を与えるのです。

毒母にとって、無条件に子供を愛することは難しいことです。彼女にとって、母親であることは人生で起きた美しいことなどではないのです。彼女の子供たちは、ライバル、障害物、あるいは迷惑にすらなりえます。彼女は最も深い望みと欲求を子供たちに押し付けることができ、そして、彼らのニーズを無視することまでできるのです。

悲しい子供

この状況は、その女性が多くの出来事に対してナルシスト的なふるまいを示すという結果に行き着きます。母親としての役割を自分のものとして引き受けないことによって、彼女たちは世界を子供じみた方向で見がちになり、すべてのものを自分自身の欲求やニーズのフィルターにかけるようになります。最悪の場合、母が非常に辛辣な女性になりえるということです。彼女は、世界が自分の予想や欲求から遠く離れていくのを見るほか仕方がありません。そして、それによって非常に不幸になってしまうのです。

不健全な子育ては、母親だけでなく子供にも最も影響すると考えるのは当然のことでしょう。だから、彼らが母親の代わりに鞭打たれる存在になってしまうことが多いのです。こういった母親の子供たちは、自分たちを産んだ女性の不幸について罪悪感を持つことになるのです。このため、彼らは不幸であることや操られてしまうこと、誤解、批判、屈辱、あるいは残酷な扱われ方といったことから苦しむのです。

子供たちにとって、親から愛されなかったり、理解されなかったりすることほど傷つくものはありません。毒母は、純粋にエゴイスティックな世界に生きているため、子供に対して大きな共感を感じません。更に言うと、毒母は子供の失敗や悪い点、特に自分にとって都合の悪いところを常々引き合いに出します。子供たちが母親の期待に見合えることなどなく、容赦なく批判され続けます。子供が何かを達成した時には、妬まれることすらあるのです。

毒母シンドロームは全てに浸透する

毒母によって全てが不幸になってしまうことは十分考えられます。彼女たちが子供を子供として扱わず、必要以上に保守的となり、あるいは極端な場合、子供に必要なサポートを全く与えないということも珍しくありません。

毒母が子供を利用して表面的な立派さを掲げることも不思議ではありません。このため、彼女達は子供に対して不条理な期待を課すのです。子供たちは、毒母自身、あるいは彼女達がなりたいと思うものの完全なレプリカでなければならないのです。

母親が不在の少女

さらに、毒母達は 子供の罪悪感を煽って自分の思い通りに操るために、被害者ぶったり病気を装ったりすることがあります。また、役割をスイッチさせてしまい、子供が母親の世話をしなければならないと感じさせることすらあります。本来であれば逆であるはずなのに、です。

「子供の将来的な運命は、常に母親にかかっている」

– ナポレオン・ボナパルト

自分で選んだ役割ではなく、その上非常に大きな責任を伴うものである、母親になるということは簡単ではありません。世の中には、自分の自由意思とは関係なく母親になったり、自分の母親としての経験に失望したりした女性達が数多くいるということを考えてみてください。ですが、全てのそういった女性達が自分自身や子供の人生を苦痛で満たしたというわけではありません。実のところ、多くの女性がそういった状況の中でも最善の結果を出しています 。そして、その状況にある程度影響を受けたとしても、それを運命として受け入れなかった人々もいるのです。希望は常にあり、専門家による介入も、母親と子供の双方にとって大きな手助けとなります。

母親にとっても子供にとっても、専門家の介入は大きな手助けとなります。