フロイト:セックス以上の意味をもつリビドー

2018年5月17日 in 心理学 0 シェア済み
フロイト

多くの人が性的衝動(リビドー)に関して還元主義的考えを持っているかと思います。性的な解釈に制限されています。しかし、心理分析の父、フロイトは、この用語を異なる方法で扱っていました。フロイトは、わたしたちが現在理解している意味よりも広い意味でリビドーという言葉を使っていました。

フロイトは、リビドーをわたしたちのふるまいを方向付ける衝動やカンからくるエネルギーと定義していました。彼は2つのタイプの衝動を区別していました。生の衝動と死の衝動です。

生の衝動は、愛情や感情に関係している衝動を意味します。恋に落ちたり、生殖したり、人とつながるように導く衝動です。フロイトは、フロイトが「イド」や「エゴ」と定義するものと関係していると述べています。こちらの2つの言葉はあとで説明します。

一方、わたしたちには死の衝動もあります。これは生と反して、消耗や涙が伴います。そこには、同じ石につまづくように私たちを誘う繰り返しが存在します。例えば、わたしたちを傷つける同じような人に恋をしてしまうというような状況です。

「フロイトが確立した2つのタイプの衝動は、「生の衝動」あるいは「エトス」と「死の衝動」あるいは「タナトス」です。」
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リビドーと喜び

わたしたちはリビドーどいえば性的喜びと関連付けますが、フロイトにとっては喜びはさらに先へ行きます。例えば、のどが渇いているときに水を飲んだら喜びを感じますよね?おいしいデザートを食べたら喜びを感じますよね?冬に焚火で暖をとるときもそうですよね?

フロイトにとって、これは彼が「イド」、「エゴ」、「スーパーエゴ」と定義したものの中にリビドーが存在することを表します。イドは、喜びの原理が見つかる場所です。わたしたちが直接の喜びと考えているものです。わたしたちの無意識に喜びへ導く心理の一部です。例えば、のどが渇いた:冷たいビールをのもう。

絡み合うひと

逆に、エゴはリビドーのエネルギーを制限します。現実を考慮しつつ喜びを得る役割を担っています。この点では、わたしたちの環境が影響します。社会のルールもです。前の例の続きで見ていくと、わたしはビールが欲しいかもしれないけど、運転しなきゃいけないからアルコール成分のない飲み物にしよう、といった具合です。

最後に、スーパーエゴとはエゴに似ていますが、道徳に重要性を置きます。規範や社会の価値を自分のものにします。他人とのコンタクトや交流で学んだルールです。

もう一度例に戻ると、社交的なコンテクスト以外で飲むことはあまり社会からよく思われていないから、ビールを飲むことに罪悪感を感じているのかもしれない。内面化されたヴィジョンのせいで罪悪感を感じている。

ジークムント・フロイトは、基本的な人間の機能を説明するための精神の構造を構築しました。この構造は3つのエレメントからなります。イド、エゴ、スーパーエゴです。
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心理性的発達理論のステージ

フロイトにとって、リビドーは人間の成長のステージにもみられます。しかし、それぞれのステージで異なります。発達段階のどこにいるかで、リビドーの表現のされ方が変わってくるということです。

  • 口唇期: 口を通じて喜びを得る。
  • 肛門期: 括約筋や排便をコントロール。 これらは喜びやセクシュアリティーに関係したアクティビティー。
  • 男根期: 心地よい感覚から、排尿で喜びを得る。
  • 潜在期: セクシュアリティーに関連する謙虚さと恥が見え始める。
  • 性器期: 思春期と性的成熟の到来。

しかし、フロイトによればリビドーは時に滞ります。つまり、自然な流れではいかないのです。進みを阻む強迫観念のようなものがある時起こります。

例えば、肛門期に入っているのに口から得る喜びに執着してると、その時期を後にして、次のフェーズに完全に没頭することが難しくなります。

「対象リビドーから自己陶酔的リビドーへの変化は、去勢という性的な目的の放棄を暗示します– 一種の昇華のようなものです。」
-ジークムント・フロイト-

キスするカップル

見てきたように、精神分析学の父はわたしたちが理解しているようにはリビドーを認識していませんでした。彼にとって、リビドーは性的な喜びを得る欲求以上のものを表しました。わたしたちの人生の他のエリアにも喜びはひそんでおり、わたしたちが心理性的発達のステージを経験する中で変化していきます。

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