不安の中にある私に言わないで欲しいこと

27 1月, 2020
落ち着いてと言わないで。私を追い込まないで。悲しむなと言わないで。空っぽの言葉をかけないで。

落ち込むなと言わないでください。それはできないことだから。追い込まないでください。そうすると全体像が見えません。悲しむなと言わないでください。この状況で楽しめることはほとんどないのに。実際息をつき、休む場所も見当たりません。だから、おそらく意志の問題ではないんです。信じてください。私もこんな気持ちは嫌です。

忘れやすいからといって、罰しないでください。電気をつけたままにしたりドアを開けっぱなしにしたいのではありません。買い物袋がレストランの椅子にかったままなのも、そうしたかったからではありません。叱ることは役に立ちません。とっさにしたことだとはわかっていますが、それは全然だめなのです。私に向かって大声を上げることに意味はなく、私の不安や悩みを大きくするだけです。だからといってより集中できるようになるわけでもなく、あなたを怒らせたことを思い知って気分が落ち込むだけなのです。

不安

 

別のことを考えながら発言したこと

わたしがしようとしていることを指摘するのもやめてください。問題は、私が間違った場所にいることではなく、二人が行きたい場所に行く道が見つからないだけなんです。

不安にならないでと言われても、それで落ち着くことはできません。不安はそういうものではないからです。ただ、さらに気分を落ち込ませるだけです。不安は頑固で、がむしゃらで、あなたの批判的な言葉により積み重なる無力さを大きくします。こんなこと聞きたくなかったら、ごめんなさい。正直でいることに怒らないでください。

私がすると言ったのにしていないことを指摘しないでください。まだできていないことを指摘されると、自分がさらに小さく感じます。水面下では呼吸しろと言われてもできません。水面に出て、光を探す必要がありますただ私の強さを測るのではなく、一緒に力になってください

私の話を聞いてくれるのであれば、二人が理解できる言葉を使ってください。自分達のバベルの塔を建て、お互いに親密性を築きましょう。ただの塔ではなく、乗り越えることが難しいように見える障害や状況も共有できる橋にしましょう。乗り越えることが難しいと言っても、普通の人から見たら地面に引いてあるただの線じゃないかなんて言わないでください。そんな人にならないでください。

空っぽの言葉をかけないでください。私を支えたくない、できないのであれば、助けないでください。私の問題について話したくないからと言って、それをつまらないものにしないでください。あなたも問題を抱えているのであれば、それは理解します。礼儀的に私に会いに来ることを心からのものであるかのように偽らないでください。絶望から始まって、希望とともに終わったもののように。それは急ぐことはなく、時間なんて気にしなくてよかったですよね。問題の核心をつかないようにしながらここにいるのであれば、それに意味はありません。

わたしが気分がすぐれないと分かっていながら、大丈夫?とメッセージを送らないでください。あなたが次に進めるようにするためなら、私は喜んでウソをつきます。夜ご飯の用意をして、好きなテレビを見て、次の予定に時間通りに行ってください。

不安

 

空っぽの言葉をかけないで

言葉が出てこないのであれば、何も言わないでください。短い秋の午後や長い春の午後に、子どもや鳥の声とともに風の音や工事の音が聞こえるのは構いません。「言わないで」と言うのは、本当は、あなたが共有したいことを共有してほしいけれど、今この瞬間にちゃんと傍にいて欲しいと言いたいのです。

それは私の支えになります。窓の外を見るだけのお客さんがたくさん来るより、短い時間でも心を開いたコミュニケーションをしたいのです。横になり、空を見上げ、空が光を通すための小さな穴の開いた巨大な青いブランケットであることを想像したあの時を思い出しましょう。静かに。あの時、あなたはほとんど何も言いませんでしたよね。実際、何も言わなかったけれど、私達に恐れるものはなにもありませんでした。

Figueras.A. Pequeñas grandes cosas , tus placebos personales. Plataforma Editorial