外国人嫌悪:定義・要因・防止

27 4月, 2019

外国人嫌悪は非常に強い言葉のように聞こえます。一般的に、メディアがこの言葉を使う時、それは異なる部族や国籍の人に対して、比較的組織化された集団が危害を加えるような重大なケースを指します。しかし、外国人嫌悪とはそれだけではありません。

私達は、世界で起こる日々の状況について話すことはあまりありません。また、多くの人の頭をよぎる些細な意見や思考についてあまり話しません。例えば、出身国がどこかでその人が悪い働き手だと判断した場合、それは外国人嫌悪でしょうか?詳しく見ていきましょう。

「私達の真の国籍は人類だ。」

-H.G.ウェルズ-

 

外国人嫌悪とは?

外国人嫌悪とは、国籍を理由に誰かを身体的に攻撃することだけではありません。もちろん、これが、外国人嫌悪の過激な形で、社会や被害者全般に大きな危害を与える原因になるのは明らかです。しかし現実的には、外国人嫌悪はそれだけではありません。

外国人嫌悪の中核となるのは、人の出身国を理由にした社会的除外です。多くの場合、被害者と加害者の出身国は異なります。除外には、国籍や肌の色を理由にある人に部屋を貸すことを拒否するなど、直接的な行動の形も含みます。

また、他の国の人は問題を起こす、あの国の人はケチだという他者に関する思い込みなど、人を一般化したり、ステレオタイプ化する考えや行動も含まれます。たとえ直接的に暴力的でないとしても、恐怖や拒絶を示す態度や思考を通して、外国人嫌悪を示しているかもしれません。

「肌の色、素性、宗教を理由に人を嫌って生まれてくる人はいない。」

-ネルソン・マンデラ-

モデル

 

外国人嫌悪につながる要因は何か?

私達の社会が発展しているのであれば、なぜ、外国人嫌悪がよくあるのでしょうか?私達が常にいる現在の不確かな状態が、ひとつの要因でしょう。例えば、家の近くで複数のテロがあり、異国の人が犯人であるとします。これらの攻撃を繋げる共通の要因がある時、その国籍に対して嫌悪感を生み出すきっかけとなります。

このような出来事により、私達は常に警戒し、不安や恐怖を覚え、戦いや逃げるための準備をします。常に不安であると、自分の気持ちに関して、誰かを責めたくなります。誰を責めるのでしょうか?それが、私達と異なる人達です。

その人を孤立させる、または、自分が孤立する、どちらにしても、自分とその人との距離をとる傾向があります。他の文化と直接的な接触がないと、対象の文化圏の人々が危険だという根拠のない考えを疑ったり打破することが不可能です。そのため、距離は外国人嫌悪を大きくする重大な危険因子のひとつなのです。

「私達は兄弟のように共に生きる、または、愚か者のように共に滅びる方法を学ばなければならない。」

-マーティン・ルーサー・キング・ジュニア-

反外国人嫌悪キャンペーン

 

外国人嫌悪を防ぐには?

外国人嫌悪を防ぐ第一ステップは、異国の人と話し、異なる文化に浸ることです。これにより、人に共感し、私達と大して変わらないことを理解し、そして(当然)、ほとんどの人が、私達の人生を壊そうとする潜在的なテロリストではないことも分かるでしょう。そして、地域社会として彼らが直面する困難や物語に対し、より敏感になるでしょう。

私達は、人が自国を去り、命を危険にさらすということを、立ち止まり考えることはあまりありません。自国でうまくいっていれば、危険な旅に出ることはきっとなく、興奮よりも危険の重い方が大きい冒険へ出て、家族と過ごす時間を犠牲にすることはなかったでしょう。少なくとも、彼らにとって自国に留まることはある程度の死を意味し、彼らと大切な人は危険な状態にあるのです。

外国人嫌悪を防ぐために、政府機関は、効果的な融合プログラムを実施する必要があります。一般市民が異国の人と知り合うことができるプログラムです。また、生じる可能性のある衝突を仲介する専門家も必要です。

最後に、様々な国籍の人々について、恐怖や憎悪を植え付けるような政治的意味が隠されていない、真のメッセージを広げることが重要です

画像:William Stitt, Eddy Lackmann, Vlad Tchompalov