批判は自分の制限を映す鏡

23 2月, 2019

生きていく中で遭遇する制限や鎖は、往々にして、自ら課したものであったりします。こうした制限や鎖によって感じる苛立ち、また厳しい現実を受け止めたくないという事実が、他人への批判となって現れるのです。

ですが、どうして自分にブレーキをかけるようなことをしてしまうのでしょうか?それは恐怖のせいです。特に、自分がしがみ付いている信念に関する恐怖、疑問を持つ意志がなかったり、どう疑問を持てばいいのかすらわからない恐怖です。そして、こうしたことは全て、問題となって人生に影響を及ぼすことになります。しかし、こうした問題を全て解決できる方法は、あなた自身の中に見つけることができます。

「あの人の中に見ているものは自分の中にも見ているものなのだろうか?」誰かを批判する度、自分自身に問いかけてみましょう。

2人の僧のお話

自分に課している制限というものを、2人の僧の話を見ながら考えてみましょう。このお話には大変深い教訓が秘められています。その教訓が、他人に対して抱く批判全てを新しい角度で見られるようにしてくれるでしょう。

「あるところに坦山(たんざん)と奕堂(えきどう)という2人の禅僧がいました。2人は長い旅の末、寺へと戻るところでした。寺へ戻ることになった前日に雨が降ったため、道はぬかるみだらけでした。2人が小さな村を通りかかった時、豪勢な金の着物を身にまとった若い女性に出会いました。

この女性がこの先を行くには、大きな池を渡らなければいけません。この大きな難関をどうすればよいものか、女性は分かりかねました。もし着物を濡らしてだめにしてしまったら、母にきつく叱られると思ったのです。それを見た坦山は一瞬のためらいも見せず、女性の元へ行き、助けの手を差し伸べました。彼女を自分の背におぶって、池の向こう側まで渡してやったのです。それから、2人の僧は旅を続けました。

奕堂はその一件以降、ずっと不快に思っていましたが、寺に着くなり、坦山にぶっきらぼうに言いました。

『なぜあの女性をおぶったりしたのですか?我々僧の誓約に反することです!』

坦山はその発言に気を悪くすることもなく、ただ奕堂を見て、笑顔でこう返しました。

『私は何時間も前に彼女から手を放しましたが、あなたは未だに彼女を背負っているのですね。』」

「自分の制限を守るために揉めるようならば、その制限は自分自身の限界だ。」

―リチャード・バック―

少女をかつぐ坦山

坦山は良い事をしたにもかかわらず、義務感や他人からすべきでないと教えられてきたこと全てが奕堂に重くのしかかっていました。また、奕堂は数時間が経つまで、何も言いませんでした。

この話は、こうしたもの全てがどう暗い考えにつながっているのか考えさせてくれます。こうした批判は、自分が頭の中で何度も何度も煮詰めたものであり、自分にとって生産的なことは何もありません。奕堂の批判は、彼の頭の中で抱いていた矛盾を示したものです。奕堂は、女性を助けようと即座に思っていたのでしょうが、自分自身に制限を設けてしまったのです。

自分の制限を取り払う偉大な教訓

あなたは、きちんとした身なりをしていない人のことを批判したことがありますか?もしそうであれば、自分の着ている服装に満足していないもう一人のあなたはその人のことを批判したくなかったことでしょう。時に、私達は、自分が行う批判が自分に対して課している制限を反映しているものだということに気が付きません。ルールが何であれ、あるいは「容認できる」ものが何であれ、いつだってそれを決めるのは自分です。

自分の制限を取り払い、いつも察知できるわけではない自分の一部分を見る方法として批判を見るようになるためには、現在について考えることが重要です。何か行動を起こしたいなら、それが他人に合わせるべきことかどうかなんて考えてはいけません。自分を疑ってはいけません。

ブランコに乗る少女

ポジティブに考えましょう。そうすれば、坦山のように、その状況から解放されることでしょう。自分の制限に耳を傾けて立ち止まっていては、自分にプレッシャーをかけることになってしまいますから。それは、似たような状況に陥る度に、更に大きな重圧となってあなたを苦しめるだけです。

また、自分の信じている考えに疑問を持つことを学ぶことも大切です。問題は、その信念を律儀に守っていれば、自分は良い人間になれると思っていることです。ですが、より重要なのは行動です。凝り固まった信念を抱くと、即座に自由に動けなくなってしまいます。自分で障壁を作り出し、自分に制限をかけ、全くいい気分なんてしなくなってしまいます。

「これはするべき?自分にできること?」自分にこうした問いかけをするのは止めましょう。
「これは私がしたいこと?」このような問いかけをするようにしましょう。

駆ける少女

批判は悪いことではない

自分の信念は、その信念に対して疑問を抱くためにあります。批判は、他人を通して、馴染みのない自分の一部を見るためにあります。これは全て、受け入れたくないことを批判する機会なのではなく、学び成長するチャンスなのです。みな、制限を持っています。ですが、そのほとんどを自分自身にかけてしまっています。自分の思考にとらわれてしまって、その瞬間を思うがままに行動していないのです。