ヒルデガルト・フォン・ビンゲン:ある女性博学者

ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、女性の健康と解剖学の基礎を確立しました。彼女の著書の一つには、無月経の治療としての食事のガイドラインが記されています。ヒルデガルトは、中世の女性科学者として道を切り開いた人物だったのです。
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン:ある女性博学者

最後の更新: 21 7月, 2019

ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、12世紀のドイツ人修道女でした。彼女は同時に哲学者、神学者、作曲家そして詩人でもありました。歌劇、性科学、博物学の先駆者であるとも言われます。

小さなころから、様々な知識を得ることに一生懸命でした。彼女は自然を理解したかったのです。幼い内に修道院へと送られましたが、知性を磨き、自らの思考や生涯を通じて体験することになる幻視、神秘的なメッセージを広める術を見出していきます。

ヒルデガルトが残した遺産は偉大です。彼女は、様々な制約があったにもかかわらず、科学の前進に貢献した女性の一例です。

「その幻視の中で、様々な預言者、福音書、その他の聖人、そして数人の哲学者の書を理解しました。誰にも教えられずにそれが出来たのです。それに基づいて幾つかの知識を世に出しました。ほとんど文学については知らなかったにも関わらずです。あまり教養のなかった女性に育てられましたから。」
―ヒルデガルト・フォン・ビンゲン

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン 女性博学者 伝記

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン

ヒルデガルトは、ナーエ川とライン川近く、ドイツのベルマースハイムで1098年に生まれました。彼女は、若いころから深刻な健康問題に苦しみます。修道院での最初の数年間は、修道女ユッタ・フォン・シュポンハイムに育てられました。ユッタは、ヒルデガルトに音楽とラテン語は教えましたが、読み書きは教えませんでした。そのため、ヒルデガルトは独学で読み書きを覚えたのです。

例えばテオドリッヒ・フォン・エヒテナハが書いたように、当時の文書の中には、ヒルデガルトが8歳の頃から幻視を体験していたと記述しているものがあります。幻視を見ている間、本人はいつも意識があったとされています。それらは強烈な視覚的・聴覚的幻覚で、彼女はそういった幻視を生涯体験し続けました。で、彼女はそういった幻視を生涯体験し続けました。

全てを変えた幻覚

ヒルデガルトが大人になると、それまで経験していた身体的痛みは自然と消えていきました。それは彼女にとって目覚めの時でした。痛みが消えたおかげで、彼女の一番の情熱であった知識を広げることに集中できるようになったのです。科学、博物学、ギリシャ宇宙論の本を手に入れ、自ら学習して科学的見解を広げていきました。

一方で、彼女の病気とは違い、幻視を見なくなることはありませんでした。むしろその強さは増していきます。しかしこのことを知っていたのは修道女ユッタと、ヒルデガルドの指導者であった修道士フォルマ―ル・フォン・ディジボーデンベルクだけでした。ヒルデガルトの最も重要な啓示は、38歳の時、光に囲まれた自らの幻視を見た時でした。この時、彼女の使命は執筆して知識を世界と共有することである、という声を聴いたのです。

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン 女性博学者

ディジボーデンベルクの大修道院長:ローマ教皇に祝福を受けた博学者

前述した幻視の直後、大修道院長だったユッタが死亡し、ヒルデガルトがその後を継ぎます。ヒルデガルトの幻視は、次第にローマ教皇の耳にも届くようになりました。それに驚愕した教皇は、彼女が生涯にわたって経験した16のビジョンについて、ヒルデガルトが執筆して記録することを許しました。

ヒルデガルトは、最初の本『道を知れ』を1141年に執筆しました。この本には、ギリシャ文化に基づいた宇宙論について記述されています。彼女は、地球が「風、火、水、土」の4つの要素で出来ている、と説明しました。また、地球には異なる水と空気の層が存在していることも記されています。これは、当時の人々にとって大きな発見でした。

ローマ教皇に祝福を受けたことで、人々から異端者として批判されることがなくなった、というのも面白い事実です。大修道院長ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、多くの人々にとって神の声となったのです。迷信が重要な要素であった社会の中で、ヒルデガルトは他の人にはなかった影響力を手にし、またそれを上手く利用する方法も十分承知していたのです。

ラインのシビュラ

キリスト教会がヒルデガルトの側に立ったことで、彼女の作品はヨーロッパ中に普及しました。そのため有名になったヒルデガルトを、人々は「ラインのシビュラ」と呼ぶようになります。

ヒルデガルトは、自分が欲しいものを良く理解していた女性でした。彼女は、ディジボーデンベルクを去り、自らの修道院を建てたかったのです。彼女がドイツのアイビンゲンに修道院を建てると決めた時、この夢は現実となりました。

ヒルデガルトは医学と自然についてより深く探求するようになり、治療師となりました。50歳の時、平安を人々に届け、自らの科学と医学の知識を共有するため、ヨーロッパ中を旅するようになります。

初めての性科学者

彼女の最も優れた著書が『自然学』です。この百科事典の中で、いくつかの病気や薬草の有効成分について詳しく記しています。また、痛みに対処したり体や傷を拭くときの、水を沸騰させることの大切さも記されています。

ヒルデガルトは、オーガズムを美しく神秘的で熱いものとして表現し、男女共に楽しむべきだとも述べています。また『病因と治療』のような医学書の中では、月経と無月経について価値のある情報を提供しています。

ヒルデガルトの研究

預言者そして聖者

ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、81歳でこの世を去りました。破門された貴族を保護したこともありましたが、それでも教皇、王、貴族、庶民から常に尊敬されていました。

実際、2010年には、教皇ベネディクト16世はヒルデガルトを聖人とし、教会博士の称号も与えています。

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  • Barona, J. L. (2006). Hildegard von Bingen (1098-1179), mística, ciencia y medicina en la Edad Media, Mètode 50, 2006
  • King-Lezneier, Anne H (2001) Hildegard of Bingen: An Integrated Vision, Liturgical Press
  • Maddocks, Fiona (2001) Hildegard of Bingen: The Woman of Her Age, Doubleday