今この瞬間を生きる

· 2017年10月22日

私たちにあるのは、思い出の連続のつかの間の一瞬だけです。永遠に続くかのように生活の基盤を置いている世界の一片を行き来するタイムトラベラーです。実際は、私たちは一時的なものにすぎないのです。私たちは今にも洗い流されてしまいそうな砂のあとのような存在です。それにもかかわらず、自分たちはセメントでできていると信じ続けています。

私たちは、自分たちを傷つけるものに執着し、手にしていないものを嘆き、持っているものはそれが当たり前のように考えます。なにも永遠には続かないということを忘れて、ただ時間を過ごしています。

好きなものも、自分を傷つけるものも永遠ではありません。現実には、私たちはつかの間の一瞬の連続でしかないのです。

すべてを一気に手に入れようとします。息をつく暇さえ自分に与えません。すべてが勢いよくすぎ、何も楽しめません。ファストフード、スピードデート、忙しいスケジュールの世界では、時間の価値を失い、人生のシンプルなことを楽しむことを忘れて苦しみの心配ばかりしています。

「人生は一度きり。正しくすれば、一回で十分なの。」
-メイ・ウエスト-

瞬間を生きる方法を知らない

私たちはその一瞬を生きる方法をわかっていない残念な人たちです。急いで生きることを好み、今いる場所を楽しむのではなく地面ばかりを見ています。歩いて自分の周りに耳を傾ける代わりに、目的地に走っていくことを好みます。その瞬間をしっかり受け止め、恐れることなく経験するのではなく、その指先から私たち自身が時間を逃してしまっています。

ボトルの中の少女と鳥

もっと大事なことがあるから、この瞬間を楽しむ以上のことが存在するから、私たちはすべてを駆け足で行おうとします。それに気づくほど長く立ち止まることがないため、今手にしているものを楽しむことを忘れてしまいます。私たちは時間のトンネルを生きています。一筋の光だけがトンネルの出口から差し込んでくるため、周りを見ることができず、不確かな未来へ盲目のまま進み続けます。

「やる価値があることは時間をかける価値があるの。」
-メイ・ウエスト-

私たちは自分が永遠だと思っている一瞬の存在です。私たちは自分の周りにあるものを楽しむことができない一瞬の存在です。実際にはゆっくりと離れていく良いものを、いつでも楽しむことができるかのように思ってしまっています。

マゾヒストは苦しむことで満足感を得る

傷ついたとき、私たちはマゾヒストになり、苦しみにすがります。自分自身を苦しみにどっぷりとつからせ、自分の問題以外のことが世の中に存在しないかのように文句を言います。痛みによって盲目になり、周りにあるものが見えなくなります。

解決策を見つけるのではなく、傷を広げようとします。自分を苦しめるものに執着しているため、会話がつまらなくなります。苦しんでいるとき、私たちははかない存在ではなくなります。私たちは永遠の存在となり壊れます。

傷ついた木と少女

苦しみのブラックホールで私たちは満足感を得ます。目を閉じて光を受けいれないため、問題から離れることができます。痛みだけしか感じられないからです。そしてそれは、良いものを逃がしてしまうことでもあります。私たちは一瞬の集合でしかなく、痛みもまた一瞬であることを忘れてしまいます。

一瞬の集まりでしかないなら、怖がらずに生きよう

一瞬の集まりでしかないなら、怖がらずに思いっきりその瞬間を生きるよう自分に言い聞かせてみませんか。それぞれの瞬間をどう過ごすか決めるのは自分です。コップの中身が半分か、空っぽか、決めるのは自分自身です。どんなスタンスも正しいですが、楽観的なスタンスのほうが人生をもっと楽しむことができます。

どんなものも過ぎ去り、変わっていくことを忘れないでください。いいことも悪いことも、自分の状況をどう体験するかは自分が決めます。逃すことなく一瞬一瞬を楽しむことができます。そして、罠にはまることなく苦しみから逃げることもできます。どちらの状況もありのままを受け入れてください。

それぞれの瞬間をどのように過ごし、どのように色付けし、どのように経験を受け入れるか、決めるのはあなた自身です。旅路のステップひとつひとつを楽しむか、恐怖にすがるか、決めることができるのはあなただけです。

出口にたどり着いたとき、やり残したことがありもっと時間を要求する、という状況を回避できるのはあなただけです。あなたの時計に時間を増やすことは誰にもできません。一瞬は過ぎ去ります。それを生かすも無駄にするもあなた次第です。毎秒に意味があります。その瞬間を生きて振り返らないでください。その瞬間を生きればそれを後悔することはありません。