一般常識なるものはそれほど一般的ではない?

11 1月, 2020
常識は私たちが考えているほど普遍的ではありません。すべての人が同じ識別力と論理感覚を持っているわけではないからです。

デカルトは、『良識はこの世でもっとも公平に配分されているものである。』と述べています。良識という才能を持っていない人はいないのだ、と。この有名な数学者であり哲学者だった人物は、すでにこの点に関しては私たちの性質を超えたものがあるということを理解していたのです。そして、常識により、私たち一人ひとりが、何が正しいのか、何が許容されなにが非合理的なものなのかの境界を知ることができます。

ところが、ヴォルテールはかつて常識はそれほど一般的ではないと指摘しました。これはどういう意味でしょうか?基本的に、あらゆる状況で論理的または期待されるものを理解する場合、常に誰もが一致したり知覚したりするわけではないと主張しています。私たち一人一人が常識を自分の都合の良いように変えるので、時には他人の常識と一致しないことがあります。

普遍的な本質に基づいて、価値と行動の原則の観点からこの単純さを適用できれば、すべてがうまくいくでしょう。しかし、特定の状況で何が最も受け入れられるかを知っていても、私たちは適切な判断を下さない場合があります。それが容易でないためやらなかったり、注意を払っていないためにそうなります。

例えば、私たちはより健康的な生活を送るべきだということは常識です。しかし、常に健康的に暮らしているとは限りません。誰しも紙を無駄にしてはいけないことを知っているでしょう。リサイクルする必要があることもわかっているはずです。運転中に携帯をいじることがいけないことも、愛する人とより充実した時間を過ごす必要があることも理解しているはずです。したがって、何をしなければならないかは明確ですよね。では時になぜそうしないのでしょうか?

「常識とは、18歳までに獲得した偏見の集まりだ。」

-アルベルト・アインシュタイン-

常識とは

常識

心理学によれば、常識とはすべての人が持つ(または持つべき)識別力です。この能力のおかげで、論理と理由に基づいて一貫した決定を下すことができます。アルベルト・アインシュタインはかつて、私たちが常識と呼んでいるものの多くは他の人が教え込んだ偏見にすぎないと指摘しました。

良い判断は常に共通の利益の目的を追求しています。この能力により、私たちは皆共存を促進し、敵対的な対立を避け、共通の幸福に貢献するという実用的な感覚を確保しようとします。しかし、常識はどこから来るのでしょうか?それは、アインシュタインが言うように教えられたり指示されたものだけではありません。

現実には、私たち自身の経験の一部であり、私たちが見て、感じ、生きてきたものから成り立っています。誰もが自分の道を歩き、それぞれ違った経験するので、各々の常識もまた同じではありません。

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脳の常識を変えた3つの臨床例

常識を理解する3つの方法

常識の概念は、人類の歴史を通じて異なる角度に焦点を当ててきました。それらを理解すると、これまでよりも少し多くの観点を得ることができるでしょう:

  • アリストテレス。常識は私たちの感覚的経験にのみ焦点を当てていると主張しています。したがって、刺激に直面したとき皆同じことを経験します(ガラスが割れるの見る、火の熱を感じる、風の音を聞くなど)。彼は常識は敏感な物体から始まると信じていました。自分の感覚を通して知覚できるものからです。
  • ルネ・デカルト。このフランスの数学者兼哲学者にとって、各々が異なる文化から来ているということは関係ありませんでした。私たちは皆、普遍的な常識を共有しており、そこから真と偽、善と悪を判断し区別することができると主張しています。
  • 実用主義者の哲学。このアプローチは19世紀に登場し、より有用なビジョンを提供しています。常識は私たちの日常生活の信念と経験から生じるとしており、私たちを取り巻くあらゆる状況から成り立ちます。そしてこれは天候や私たちが直面する他の条件などによって異なる場合があります。

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心理学観点からの常識

常識

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの心理学者であるエイドリアン・ファーナムは、「All in the Mind:The Essence of Psychology(1996)」というタイトルの非常に興味深い本を書きました。 ファーナムは、賢明だと思っていたことが時には全く意味を持たない場合もあるので、全てが当たり前だと考えるべきではないと警告しています。

常に現実の批判的で現実的なビジョンを保つ必要性を彼は強調しています。 判断を下す必要がある場合は、合理的な判断である限り、状況、ケースの特殊性、自分に合った、またはより正確だと思われるものを分析するのが最善であると述べています。 単なる「常識」と考えると、間違いにつながる可能性があるのです。

さらに、例えば、少し前までほとんどの人が普遍的な常識であると考えてた出来事について述べています。 たとえば、女性は投票するほど頭がよくないという神話。 または、障害者にとって最高の場所は施設であるということなどです。 したがって、時代遅れであったり個人的なニーズに合わない可能性があるため、常に常識が正しいわけではありません。 また、少し批判的に判断して使用することが大切です。 他人の常識というのは、単に別の観点から状況を伝えたり評価したりすることによって、私たちとは異なる結論に導かれる可能性があることを理解する必要があるのです。

  • Furnham, A. (1996).  All in the mind: The essence of psychology.  New York: Taylor & Francis.
  • Maroney, Terry A. (2009). “Emotional Common Sense as Constitutional Law”. Vanderbilt Law Review. 62: 851.