自己破壊的適応 − 痛みを感じるのが普通だと捉えること

自己破壊的適応とは、痛みを常態化するような行為を指します。それ以外に道はない、と自分自身を納得させてしまうのです。しかしながら、そのような受動的態度でいてはその人の精神にダメージが加えられ、壊れてしまうだけでしょう。
自己破壊的適応 − 痛みを感じるのが普通だと捉えること

最後の更新: 15 12月, 2020

普通、トゲが指に刺さったら痛いですよね。では、それを引き抜かないままでいるとどうなるでしょう?トゲがまだそこにあることをわかっていながらも、痛み方は刺さった瞬間のものとは変わっているはずです。そのせいで、ついに引き抜こうと決意できるまでしばらくの間そのままにしてしまうこともあるでしょう。それこそがまさに、人間関係における自己破壊的適応そのものなのです。

人は苦しみを、印象的かつ思いも寄らない形で常態化してしまうことがあります。もっと言うと、ほとんどの人が自らが生来もつ適応能力がどの程度まで伸長するかをわかっていません。このことについては、労働環境の中に例がいくつか見つかるでしょう。例えば、自らの権利を踏みにじるような職種に何十年も甘んじている人や、ハラスメントを受けながら働かねばならない人などがこれに当たります。

給与を得るためだけにそのような扱いに耐えているのでしょうか?もちろんそれもあり得ます。しかし、自己破壊的適応にはしばしば財政面以上の要因が潜んでいるのです。人はよく、「そういうものだから」という理由で屈辱的な立場に留まり続けます。結局、「仕事というのは不愉快なものだし、だからこそ給料を払ってもらえるのだ」という思い込みがあるわけです。人はこのように自分に言い聞かせたり言い訳をしたりして、そこに内包される精神的な負荷を感じることなくその職場に適応していきます。

自己破壊的適応は単なるマゾキズム以上の問題であり、知っておく価値のある様々な現実の内の一つです。

“私はこれ以上、破滅の裏にある秘密を知るために自分自身を不自由にしたり破壊したりはしない”

-ヘルマン・ヘッセ、『シッダールタ』

自己破壊的適応 痛みを感じるのが普通

自己破壊的適応 − 自分を苦しめるものを常態化すること

心理学はこの現象を長年にわたって研究してきました。なぜそんなことをする人がいるのか、部外者の観点からすれば衝撃的ですし、説明のしようがありませんよね。自己破壊や無秩序な行動というのは、「その行動の見返りとして何かを得られる」という立場からしか理解することはできません。

例えば、アルコールやドラッグの摂取といったあらゆる中毒性のある行為は身体に有害です。しかし、人はその見返りとして快感を得ることができるため、これが自己破壊的中毒へと繋がってしまいます。同じことが自傷行為にも言えるでしょう。この場合は、身体的な痛みが精神的な痛みのはけ口の役割を果たします。

では、不幸な恋愛関係に留まり続ける人々の背景にはどんな説明が存在するのでしょうか?恋人から裏切られ続けているのに、なぜその関係を続けるのでしょう?そして、大嫌いな職場で働き続けることで得られるメリットとは何なのでしょうか?

自己破壊的パーソナリティ

自己破壊的適応が起きる原因を理解するにはまず、基本に立ち返らねばなりません。言い換えると、人間のパーソナリティについての知識が必要だということです。そう聞くと驚かれるかもしれませんが、中にはこれらの有害な慣習を常態化させてしまいやすい性格というものが存在するのです。セオドア・ミロンというパーソナリティ研究のパイオニア的心理学者は、このテーマについて発言した最初の人物でした。

  • 自己破壊的パーソナリティの持ち主は、似たような種類の有害な恋愛を何度も何度も繰り返そうとします。
  • 自分を騙し、失望させるような人々の方へ自主的に惹きつけられていくのです。
  • 絶対的な依存によって関係性を進めるため、相手からの加害を常態化してしまいます。

自己破壊的適応は境界性パーソナリティ障害の特性の一つとして現れることが多い、というのがセオドア・ミロンの見解です。

マゾキスティックなパーソナリティ

自己破壊的パーソナリティの他に、もう一つ別のタイプの行動パターンも存在しています。それが、マゾキスティックなパーソナリティです。これはすでに自己敗北性パーソナリティ障害あるいはマゾキスティックパーソナリティ障害として具体的な臨床カテゴリーに分類されています。

オットー・カーンバーグ博士はある研究を行い、その特徴のいくつかを定義づけました。

  • まず、自分自身を四六時中卑下します。
  • 自身の欲求をほとんど考慮しません。
  • 快楽をもたらす活動に関与しようとしません。
  • また、他人を助けるために極端なまでに自己を犠牲にします。
  • 痛みや苦しみといった経験を常態化する(自ら求めることも)傾向があります。
  • 最後に、助けられるのを拒みます。敬意を持って接してくれる人を避ける傾向があるのです。

痛み以外に確かなものを知らない

想像もつかないほど極限まで痛みに耐え続ける人物を見て、周囲の人の多くは戸惑いを止められないことでしょう。しかし、勝手な決めつけをする前にまずはこういった人のことを理解してあげねばなりません。

例として、幼少期に身体的・精神的虐待を受けていた人物を思い浮かべてみましょう。この人物は、愛とは時に幼い頃の屈辱を伴うものだという理解の仕方をしています。こういった人々は、自分を愛してくれる人は必ず自分を傷つけるものなのだ、と思い込んでいるのです。

たくさんの人が痛みに耐え続け、それを回避しようとすらしないことは、上記のような事情によって説明できる場合が多いのです。

自己破壊的適応 痛みを感じるのが普通だと捉える

自己破壊的適応と変化への恐れ

「この関係を終わらせたら他に誰が私なんかを愛してくれるだろう?」「仕事を辞めたら私に何ができるだろう?私になんてチャンスは訪れないだろう」、このように、変化への抵抗というのも重要な要因なのですが、大抵の人がこれにはほとんど注意を払っていません。時にはそれがあまりにも病的に染み付いているため、潜在能力やウェルビーイングが傷つけられてしまうこともあります。

このような状況にいる人にとって、変化への恐怖心ほど恐ろしいものはありません。自己破壊的適応は痛みや屈辱を常態化しようとするので、それ以外の生き方がわからなくなります。そういった場合は、きちんとしたサポートネットワークに頼ることが必要不可欠です。

自己破壊的適応という網から抜け出すためには、健全な自尊心が必要になります。また、自分の身に起きていることを客観的な視点から見れるように、問題から距離を取ることも必要です。そしてそのための手助けをしてくれる人物の存在も欠かせません。とは言え、全てはその人次第です。これ以上不遇な状態に耐え続けるのはやめようと決意し、自分にはもっと良い思いをする権利があるのだと確信できるかどうかはその人本人にかかっているのです。

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  • Millon, T. (1995) Disorders of personality: DSM-IV and beyond. Nueva York: Wiley.
  • Ghent, E. (1990) Masochism, submission, surrender – Masochism as a perversion of surrender. Contemporary Psychoanalysis; 26: 108-136