自信とプライドの違い

· 2018年10月3日

良い意味での自信と、高すぎるプライドの違いがわからない人は少なからずいます。幼い頃から、自分よりも他人を優先させることを美徳として教わってきたのですから、無理もないですね。大人になっても、自分のことばかり気にしている人間は、「利己主義」や「自分勝手」というラベルを貼られてしまいます。

他人を優先させることが求められる社会では、自信とプライドを混同していると、他人からの頼みごとを断ることに罪悪感を感じてしまう人も多いです。自分勝手と思われたくないがために、たとえ協力できなくても、とりあえず義務感から「助ける姿勢」を見せている人もいるでしょう。

その結果、自分自身の希望から切り離され、自らの心の声に耳を傾けることができなくなり、自分を大切に思えなくなってしまいます。この記事では、自信とプライドの違いについて7つの視点から分析していきます。

1. 自分の価値

プライドが高い人たちは、自分を愛しすぎる特徴があります。極端なナルシスト傾向があるため、世界を歪んだレンズを通してしか見ることができません。このようなタイプの人間が抱える一番の問題は、自分が他人よりも優れていると考えてしまうことです。自分を完璧人間として見なしているため、自分のすることは全て正しいと思いこんでしまうのです。

一方、良い意味での自信がある人たちは、自分自身に価値を見出しつつ、現実的な視点で自分を見ることができます。彼らは自分の強みを認識している一方で、自分の欠点も自覚しています。欠点を隠したり、他の人間を演じたりすることなく、ありのままの自分を受け入れているのです。自分の欠点のせいで問題に直面したときは、解決策を見つけようとします。

鏡と女性の顔

「自分を尊重し、自分を愛し、自分にポジティブなことを言い聞かせることそのものに、問題はありません。しかし、自分を完璧人間だと思ってしまうことはよくありません。私たちは誰もが欠点を持っており、それを自覚することは成長に繋がります。自分には欠点は何もないと意地を張ることに、何のメリットもないのです。」

2. 自分と他人への思いやり

この2つ目のポイントを理解できれば、良い自信と自信過剰の違いがよく分かるはずです。自分勝手の人は自分のことだけを考え、他人のことを考えることはありません。彼らは自分たちに注目が集まっていないと気が済まず、そうでなければ無視されたような気になり、怒りを感じてしまいます。

一方、健康的な自尊心を育んだ人は、自分のことも考えつつ他人に対する気遣いも忘れません。そのため、自分勝手な人と比べて聞き上手で、自分が注目されることに対してこだわりがありません。良い自信を身につけた人間は、他人に共感することが得意で、より意味のある人間関係を築けるのです。

「髪を切ったり整えたりするのと同じような気配りを自尊心にできない人は多い。」

―アルベルト・アインシュタイン

3. 物事を考える角度

プライドが高すぎる人間と接すると気づくのが、彼らは信念が強く、自分とは違う考え方を受け入れられないということです。自尊心が強すぎる人間は、自分の考え方が唯一正しいものであるという認識があるため、自らの立場や考え方を見直すといった行動は、彼らからは期待できないと言ってよいでしょう。このような傾向は、他人との間に多くの摩擦を生みます。

その一方で、程よい自信のある人には、自分とは違うものの見方を受け入れる柔軟性があります。自分の考えが唯一無比ではないということを知っているので、他人の意見を受け入れることができるのです。

また、彼らは自分とは異なる考え方に対して興味を持つことすらあり、他者の意見に耳を傾け、相手の立場に立って考えることで、より良い人間関係を築くことができます。このように、新しい視点で状況を見ることができるからこそ、スムーズなやりとりができるのです。

こうして考えると、自信と高すぎるプライドの境目にあるのは、「他人に共感する能力があるかどうか」であることがわかります。わがままな人は、そもそも誰かの立場で物事を考えることができないからです。

誰かの気持ちに同情できるようになるためには、強く健康的な自尊心を育む必要があります。プライドが強すぎる人は、他人を尊重したり大切に扱ったりできない傾向が強く、視野を広げて考えることが難しいのです。

4. 批判を受け入れる

プライドが高い人は、批判を受け入れられないことが多いです。それは、否定的な意見を自分に対する攻撃だと感じてしまうからです。歪んだ自己イメージを持っている人は、自分の弱さを隠しながら生きているため、見せかけの自分像を壊されてしまうことに大きな抵抗を感じます。そして、周囲に怒りをぶつけたり、責めたりしてしまうのです。

一方で、健康的な自尊心を持っている人は、自らの欠点も自覚しています。批判をネガティブに捉えず素直に受け入れることで、より良い人間に成長する糧にすることができるのです。また、彼らは建設的な意見をありがたく受け止めることができます。

「自分を批判的に見つめ、建設的な批判を受け入れることができるとき、人は成熟、進化することができる。」

―ジョージ・ゴンザレス・ムーア

5. 他者からの見返り

わがままな人は自分のことしか考えていないというのは、誰もが知っていることでしょう。そういう人が誰かのことを助けようとしたり、何かに興味を示したりするときは、決まって自分を有利な立場に置こうとしているときです。なぜなら、もしも代価が何も与えられないことがわかっていれば、他の人間の事情など彼らの視野には全く入らないからです。

良い自尊心の持ち主はそうではありません。彼らは他人を目的のための手段として使うことはせず、むしろ他人との関わり合いのなかで自分自身が成長できるチャンスを探そうとします。彼らは自分の利益のことのみを考えて行動することはありません。

健康的な自分像を築けている人間は寛容な人が多く、人間関係を「そこから自分が何を得られるか」という視点で考えることはない。

6. 優劣と平等

自己中心的な人と良い意味での自信がある人のもう一つ大きな違いといえば、優劣に関する意識の違いであると言えるでしょう。高いプライドの持ち主は、自分は誰よりも優れていると思っています。このような人間は、権力の強さや頭の良さ、見た目の美しさで人の上下関係を決めようとします。自分を中心に世界が回っているので、このような主観的な判断も絶対的なものと信じ込んでいることが多いです。

一方、程よい自信を持っている人は、誰が上で誰が下というような考え方をしません。人は一人ひとり違って当たり前なので、比較しようとしないのです。

「誰かと自分を比較せず、堂々としていよう。自分は誰かより優れていることもなければ、劣っていることもない。自分は自分一人しか存在せず、他の誰も真似することはできない。」

7. 与えることと与えられること

最後に取り上げる自信とプライドの違いは、自分の分け前を取る前に誰かの心を満たしてあげることができるかどうかにあります。ただし、自分の持っていないものを誰かに分けてあげることはできません。

プライドが高すぎる人間にとって健康的な愛情を持つことは難しく、自分の欲求が満たされてからでないと他人のことは目にも止まりません。彼らは良い人のふりをし、人よりも優れていることを見せつけるだけの人生を送っているのです。

健康的な自尊心を持っている人は、自分を大切にしつつ、他者を尊重し、存在を認め、価値を見出すことができます。そのため、中身の充実した人間関係を築くことができるのです。自信家であることと、わがままであることとは全く違い、彼らは常に誰が何を求めているかに気を配り手助けをしてあげることができます。

笑顔の男性

時に自分勝手な行動に出てしまうことは、誰にでもあるでしょう。しかし、それを見て見ぬ振りをせずに受け入れることで、自分の中に抑圧された自信を取り戻すきっかけになるはずです。皆さんは今の自分に満足していますか?自分の人生における不安材料は何でしょうか?どうして人から好かれようとするのでしょうか?考えてみましょう。プライドと健康な自尊心を同時に持つことはできないのですから。