過去への集団ノスタルジア

03 3月, 2019

 

私たちは皆、時々ノスタルジアを感じます。あるひと時やシチュエーションに戻りたいと願ったり、またはすでに起こってしまったことについて嘆いたりすることがありますよね。昔は手元にあったのに今はなくなってしまったものに思いを馳せて苦しんだりします。それは人かもしれませんし、集団(集団ノスタルジア)かもしれませんし、モノや出来事かもしれません。

そしてノスタルジアには種類が二つあり、この違いはとても大切なのです。一つ目は、ポジティブな感情で、過ぎ去ってしまった楽しい思い出やなくなってしまった素敵なモノについてのノスタルジアです。二つ目は、ネガティブな感情のものです。これは、もう二度と取り戻すことはできないけれど、いまだに求めてやまないような事柄への痛みの感情です。

過去への集団ノスタルジア

人に対するノスタルジア

ノスタルジアと聞いてまずあなたの頭にまず浮かぶのが、過去に愛した人への未練の感情でしょう。破局や別離、死に別れなどが、このような熱望の感情を生み出すのです。しかし、ノスタルジアは、その対象が人ではなく場所だった場合にはこれほどまでに重要な感情にはなりません。

スペイン語の言葉で、ノスタルジアに似た感情を表現する言葉があります。故郷に対する憂いや切望が混じったような意味合いで、「モリーニャ」という言葉です。ガリシア地方の言語からできた言葉で、彼らによればモリーニャとは生まれ故郷を恋しく思う気持ちである、ということです。他の物事やシチュエーションなどよりもまず、生まれた場所自体を懐かしむ感情なのです。

「私のノスタルジアを覗き込み、何が見えるか教えてくれ。」

ハビエル・ベラスコ

集団ノスタルジア

過去のシチュエーションや物事へのノスタルジアには、もう一つの種類があります。それは、集団ノスタルジアと呼ばれる、一昔前の社会のあり様を懐かしむもので、集団内で共有されるノスタルジアです。

生活の中で、誰かが「私の時代は違った」という様なことを言うのを聞いたことがない人はいないでしょう。しかし、二つの異なる時代を比べるというのはフェアではありません。記憶というのは時間とともに脚色されるため、実際とは異なる過去を懐かしんでいるかもしれません。あなたの選別された記憶は、よりノスタルジックな気分になってしまう様な出来事しか思い出させてくれないのです。

世界のいくつかの地域では、人口の大部分の人が独裁政権への切望を抱いていることがあります。独裁時代がいかに素晴らしかったかを語るのです。彼らは現代社会にきっぱりとした対応をしてくれる政府がいないと嘆き、強くてカリスマ性のあるリーダーが国を再び発展させてくれることを待ち望んでいます。

しかし、この切望からは明らかに過去と現在における重要な要素が抜け落ちています。彼らは独裁政権が奪ってきた自由についてなど考えてはいませんし、その時代に人々が犯していたであろう犯罪については決して言及しません。

“存在しなかった何かを切望するよりもひどいノスタルジアはない”

– ホアキン・サビーナ –

過去への集団ノスタルジア

この様な人々が住んでいるのは、事実のねじ曲げられた、とても小さな世界です。そして空想に基づいて過去や過去の人々を褒め称えているのです。ヒトラーやムッソリーニなど歴史上の悪名高い人物を崇拝する人々を思い浮かべて見れば分かりやすいでしょう。たとえいくつかは社会のためになる発展に貢献したとしても、彼らの犯した罪を考えればノスタルジックな感情を抱く価値など微塵もありません。

モチベーションとしてのノスタルジア

集団ノスタルジアは、集団全体が共有する感情であるため、その集団の行動を決定づける強力な力を持っています。集団内の人々とある特定の世界への切望を共有できれば、それを行動にうつすのは個人のノスタルジアの場合よりもだいぶ簡単です。そして、巨大な集団が過去の体制を現在にも戻したいと考え、そのために試したいくつかの方法がうまくいかなかった場合、暴力に頼りだす恐れもあるのです。

「経験したこともない何かにノスタルジアを抱いて感じる心の痛み。奇妙な痛みである。」

– アレッサンドロ・バリッコ –

集団ノスタルジアが、集団行動の予兆となることが時々あります。その集団の感情が強ければ強いほど、人々がデモをしに街頭へと繰り出しやすくなり、彼らの求めるものや過去の栄光について叫ぶのです。しかし実はこの関係性は決してそんなに単純なものではありません。感情が行動を完璧にコントロールしているのです。そしてその感情というのはたいていの場合ネガティブなものばかりです。

怒りや軽蔑といった感情が他の人々に直接向けられると、集団の結集につながります。ある集団が過去の社会のあり方にノスタルジアを抱き、それを取り戻すことができないのは別の集団のせいだと決めつけてしまうと、そのネガティブな感情と自衛行動がもっと起こりやすくなります。こういった行動は法律や常識の範囲内のものから、破壊行為や暴力など犯罪と呼べる部類のものにまで及びます。

過去への集団ノスタルジア

善きことへの集団ノスタルジア

とはいえ、全ての集団ノスタルジアがネガティブなものというわけではありません。もし過去への思いが昔の人の祖国へ抱く考え方についてだった場合、人々はその国の当時の様子が実際にはどんなものだったのか考えてみる必要があります。もしくは、正確にはその国のどんな部分に切望しているのかを正確に知ることにもつながるでしょう。

もし集団ノスタルジアが、開放や寛容性といった価値観に関するものだった場合、人々が起こす行動はもっとリベラルな結果を望むものになるでしょう。ただし、だからといって人々がそれらを勝ち取る過程が開放的で寛容であるとは限りません。

あなたがノスタルジアを抱くタイプの方なら、それを世界をより良い場所にするためのモチベーションとして利用するようにしてください。規制ではなく自由を、排他性ではなく多様性を求めましょう。