必ずしも正直がいいとは限らない

· 2017年11月11日

どんな人も1日の中で誠実ではないこと言ってしまう瞬間があるでしょう。みんなそれはわかっています。うそをついたり正直でいないことで、起こり得ることから自分を守ることがあります。何か害のあることが起こりそうだとわかると、わたしたちは自分のために事実を曲げる傾向にあります。こうすることで、自分の自尊心を守り、起こり得るネガティブな物事から自分自身を守ります。

誠実でいることは、思ったことをすべていうことではない。誠実さとは、自分の思っていることと反対のことを言わないことだ。

 

誠実さの欠落の主な理由は、必ずしも恐怖とは限りません。他人に対する思いやりは、罪のないうそを生み出します。このタイプのうそはマイルドです。そんなに大事でもなければ、長くも続きません。不必要な対立を回避するためにとても便利でみんなにとっていいことです。

うそを正当化しているわけではありません。ここでお伝えしたいのは、正直でいることは、いかなる時も誰にとっても無条件に正しいとは限らないということです。緊張関係を作り出そうとしている場合を除けばです。

正直、それとも失礼?

心理学者は、自分を正直で勇敢と信じ結果他人に誠実でいようとする人の行動を定義するために、ジョークを交えてsincericide(”sincere”(誠実)と”cide”(殺す)を合わせた造語)という言葉を使っています。 他人が意見を聞いてもいないのに、全くフィルターを使わず正直に話します。この単語は、あまりにも強く真実を求めすぎる性質から、suicide(自殺)という言葉を暗にほのめかしているのです。

けんかするカップル

 

このような行動は、思いやりがなく、機転が利かず、無責任ととらえられます。Sincericideは、周りとの対立を生み出しかねません。失礼な行為のように感じられ、まさにそのようにとらえられます。

悪いところばかりを言うのではなく、言おうとしたことを事前に評価することが理想です。メッセージを受ける人が感情的にそれを消化することができるかどうか考えてください。

誠実でいることは必ずしも徳ではありません。教育と尊重が優先されるべきです。相手にとって有益でも面白くないことを言う時はより気を付けてください。頭に浮かんだことすべてを吐き出すことは、社会的な未熟さやルールに遵守できていないサインになります。

服が微妙だと言われたり、元恋人が他の人といるところを見た、といわれてちょっと嫌な気持ちになったことがありますか?時期を得た文脈と時を見極め我慢することは、価値のある徳です。ただ単に不必要か、別の状況で言うべきコメントがあります。

 

事実をオブラートに包んで正直に

わたしたちは真実を知る権利があります。しかし、それに限度を設ける権利もあります。感情的に強くいて人生の不快感を受け入れることが、大人として理想的です。こうすることで、公平な立場で物事を行うことができます。

場合によっては、真実は深く相手を傷つけてしまいます。みんながネガティブでドラマチックな性質の話を受け入れる準備ができているわけではありません。

友達

深刻な病気と診断されたとします。もうすぐ死んでしまうと知りたいですか?真実を明かされたくないですか?それともどれだけの時間が残されているか知りたいですか?どんなふうにこれらの悪いニュースを受け取りたいですか?

すでにお話ししたように、人生に起こり得るすべてのことに対峙できるために、自分を訓練することが大事です。しかし、時には真実をオブラートに包むことも必要です。メッセージの衝撃を制限するために、他人にも同じようにしてあげてください。

他人に共感してあげることができるなら、傷つけないように気を付けることができるはずです。真実に反することさえ言わなければ、正しい言葉を見つけられます。

 

正直の技術

Sincericideにならず正直でいることは技術です。相手にとって真実を受け取るのに適した環境を見極め、相手の立場に立つことです。 さらに、正しい言葉や言葉以外のツールを使うことがカギです。

心理学者のRafael Santangreuは、自分自身と折り合いをつけるために真実を口にするべきだと述べています。ただ、他人には同じようにはいきません。つまり、自己欺瞞に陥らないために、すでに自分が分かっている真実をオブラートに包むことはすべきではありません。これは、いい意味で人生に対峙することができなくなります。

真実を伝えることと、極端に批判することとは違うということを覚えておいてください。「患者さんとのセッションはあまり良くなかったみたいだね。」という真実らしいことを言うのと、「ひどい心理学者だね。もう辞めたほうがいいんじゃない?」ということは違います。

また、自分にSincericideをするのは、いいとは言えません。徳というのは人生の様々なステージに関わるため、ほどよいバランスの中にのみ見つけることができます。