感謝とその力

· 2018年6月27日

感謝とは多くの人が忘れがちな徳です。より自己中心的になって、すべてを当たり前のように思い、今手にしているものの価値を見出さないようにすることを社会が助長したため、感謝はさらに記憶の彼方へ押しやられてしまいました。自己中心的になればなるほど、外的な世界を認識できなくなります。この世界をおさめているシンプルな美しさに気づけなくなります。

まなざしを内側にのみに向けると、人生の全体像の統合性を失います。自分の存在の意味を無視するようになります。自分の人間としての条件すら忘れてしまうこともあります。つまらないルーティーンのダンスの中で自分を見失い、「普通の大人の生活に向けての確実なステップ」で仕事のために生きます … 自分がこの世界に生きていることを忘れてしまうんです。

完成化された実践的な自動プロットの最新版が、わたしたちの人生やステップをコントロールしています。外的な美しさに盲目で無関心になります。無意識に、それには時間をかける価値がないとずっと前に決めつけてしまったのです。「時間がない。」と言って、行かなければいけない場所やしなければいけないことの心配をします。社会が作り出したこの迷路から抜け出すのに十分な容量しか持ち合わせてないのに!

起床

感謝は人間の存在の意味を豊かにする

自分の存在が与えてくれる本質や学びをわたしたちは忘れてしまいがちです。その為、すでに確立された完璧に並べられたステップを辿るためだけに存在しています。このスパイラルに紛れ込み、気づかない人がたくさんいます。ボタンを押してしまって、人生と自分をつなげていたものの電源をすべて切ってしまったような状態です。

多くの場合、深い悲しみは人生が与えてくれる小さなギフトに気づけずにいることが原因です。裏返しにされた考え方が問題なのです。自分以外には見向きもしないまなざしです。生き残るために外的な力を使うことができずに、痛みはかなりのはげしさで現れます。 まどべ

物事を当たり前に思うこと、自分のふるまいに関係なく人がそばにいてくれると思い込むこと…親がしてくれたことは「親として当たり前のこと」と思って感謝しないこと…こういった見方は、視野の狭さを助長します。

感謝しないことで感覚が退化し、不満が募る

(迷い込むのがとても簡単で、現代の社会にはびこっている)恩知らずのスパイラルに紛れ込んだと気づく時、その破壊的な力を理解します。触れるものすべてを破壊するハリケーンのような力です。感謝しないことで、自己中心的で他人の優しさに無感覚な人間に変わっていってしまいます。

感謝しなかったりありがたがらずにすべてを当たり前だと思ったら、わたしたちの感覚は退化します。持っているもの感謝するより、自分が手にしていないものにフォーカスが行ってしまいます。人生が与えてくれる「べき」ものだけ信じるようになります。そしてこのような思考を増幅して養い、自分の人生に対する不満を募らせます。

簡単なエクササイズを行うだけで、悲しみを耐えるのがちょっとだけ楽になります。もしかしたらその悲しみ自体が消えるかもしれません。自分の手にしているものや純粋に自分のものであることに感謝することです。周りの人からの優しさに感謝して、自然が送るメッセージにフォーカスすることなどがいい例です。

木

人生が与えてくれることに感謝したら悲しみは消える

自分の周りものを毎日気にかけましょう。日々の生活を静かに養ってくれるシンプルなもののことです。わたしたちを笑顔にしてくれるものです。好奇心の笑顔や、バカバカしさへの飽きれた笑いだって笑顔です。

飼い犬が自分を見て喜んでくれただけで、こころに広がる暖かさ… 植木鉢に植えたの成長に感じる驚き。感謝は人生の救いになります。感覚を研ぎ澄ましてくれて、素晴らしい人生の仲間に変身させてくれます。 自分の周りの美しさと優しさの世界を見ることができる人です。人生をありのまま受け止めることができるようになります。感謝はひどく傷ついた魂すら鎮めてくれるのです。