カンを信じる:潜在意識に蓄えられた知識

2018年1月11日

いつかすべて丸く収まる気がします。どんな努力も必ず適切な報いを受け、すべての希望は報われます。カンを信じることは、の声を聞くことです。世界とわたしたちのエッセンスにつながっている無意識のこころの知恵を聞くことです。

人生のどこかで、わたしたちはみな何らかの予感を感じたことがあるはずです。それは魔法ではありません。 未来を見せてくれる予知やクリスタルボールでもありません。カナダのヨーク大学の有名な精神科医のダニエル・カッポン氏によれば、予感は人間の知性の王冠です。あまり信頼されていないコンセプトですが、種としての生き残りの一部であります。

 

自分の勘を信じて、あなたの鼓動を早くし、いつかすべて丸く収まると教えてくれる予感にもっと注意を払ってください。時に、ふさがれた2つの目は、盲目のこころより良く物事を見ることができるからです。

何かがうまくいく気がすると誰かに言うたび、あなたの話を聞いていた人はすぐさま疑念の笑みを浮かべます。しかし、批判したりからかったりする前に、突然やってくる不可解な感覚がどんなことができるのか理解しなくてはいけません。これは、意識の奥深くに眠るデータや経験に基づいてわたしたちに決定をさせようとします。

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予感の構造

直感的インテリジェンス(原題:Intuitive Intelligence)」の著者、マルコム・グラッドウェルは、予感というものはカンの声だと主張しています。しかし、これは超自然的な理屈に聞こえて信じにくい、という人もいるでしょう。この構造を「解剖」しもう少し詳しく見てみましょう。

一般的に、人は自分の意識的、理屈の通った、熟考した決定をカンより信用します。でも、わたしたちの反応の大部分を占めるのは、わたしたちが「カン」と呼ぶもののお陰です。

 

わたしたちは純粋に感情的な生き物です。決断をする際に関係するすべての細かい分析を常にする時間はないため、自分の潜在意識の声に耳を傾けます。予感とカンです。

人は知識の大部分を潜在意識に蓄積します。潜在意識では、感情的な世界、カン、すべての経験のルーツが繊細に絡み合って、カンというものを生み出します。

白いドレスの女性と白い蝶

雑誌「Psychology Today」の中で発表された記事によると、潜在意識では様々な要素が絡み合っているため、予感はもしかしたらベストな羅針盤かもしれません。なぜなら、あなたの本当のアイデンティティに即して行動するよう語り掛けているからです。

予感の理解の仕方

予感というものは、様々な生理的な感覚を伴います。寒気、鳥肌、胃が「締め付けられる」などです。アメリカのコロンビア大学の研究家で「第二の脳(原題:The Second Brain)」の著者であるマイケル・D・ガーションは、まさに胃の中に、わたしたちの感情の脳につながっている、神経細胞の広範囲にわたるネットワークが備わっていると述べています。

予感を生み出している、その突如訪れる物理的な感覚は、何かを警告しようとしているわたしたちの感情の声に他なりません。それでは、このような予感をどのように理解すればよいでしょうか?

手のひら鳥

自分の予感を掘り下げるためのカギ

この記事ではじめに引用したダニエル・カッポ博士は、「カンとマネージメント(原題:Intuition and Management)」と題された面白い本を出版しています。この本の中で博士は、これらの特性をより発達させる方法について話しています。カッポ博士によれば、予感はわたしたちの知性の一部であり、常にそれらに注意しておくべきです。

わたしたちの無意識のこころは、素早く暗闇を切り抜けわたしたちに情報を与える内部コンピューターのようです。わたしたちは、無意識が送るすべての感覚、少しの情報または推定を理解する必要があります。

すべての予感が正しいわけではありません。これは心にとめておくべき重要なことです。これらのゴールは、わたしたちに何かに関してふりかえさせ、その後決断をできるようにさせることです。カンは予感のように、クリエイティブな人によく見られます。

予感は、ジェンダーとは関係ありません。男性も女性も同じように直感的になることができ、同じだけのポジティブ・ネガティブな予感を一日の中で得ます。

予感は、脳がリラックスしている状態の時もっと頻繁に浮かんできます。リラックスしているときとは、外のノイズと自分を切断し、こころと感情がつながれるときです。

ドア

カンは、自分の無意識の知恵へ直結するドアです。定量化できる、具体的なものに価値を置き、論理と数学に支配された社会からは軽視されがちな知恵です。

わたしたちの心をかき乱し聞き入れられようとするこれらの予感を聞くことは、非常に重要です。カンは、経験の気づきです。こころが理解し、脳が無視する何かです。