ケムセックス:危険な性行為

· 2018年9月24日

近年、スペインではケムセックスと呼ばれる危険な性行為が増加しています。人口が多い大きな街などでよく見られます。2012年にイギリスで使われはじめ、少しずつ他のヨーロッパ国に広がっていきました。

ケムセックスとは何でしょうか?この言葉は、ドラッグとセックスという2つの要素が合わさったケミカル・セックスという表現から来ています。この危険な組み合わせによって、境界線を越え新しい中毒にのめり込んでしまいます。

ケムセックスとは

ドラッグを摂取する新しい性行為の在り方です。より大きな性的快感を得ることが目的です。使用者は、目的を達成するために麻薬を使用します。

高揚感、コントロールの消失などドラッグの副作用によってリビドーが高まります。結果、セックスが長続きしたり、ドラッグを使わなければ考えもしないような性行為に及びます。少なくとも、これが常習者が考えていることです。

クラブ

このような性行為におけるドラッグの使用は、ドラッグの消費の意味を変えます。レクリエーションのためだけではありません。言い換えれば、ドラッグの効果である多幸感を感じるためだけのものではないということです。ケムセックスのユニークなところは、特定の目的のために使用されているということです。つまり、麻薬の影響下で抑制を失い多幸感の中で性行為に及ぶのと、性行為の興奮を高めて時間を長くするために意識的にドラッグを摂取することは違うのです。

 

ケムセックスに使われるドラッグは、メフェドロン、メタンフェタミン、γ-ヒドロキシ酪酸 (液体エクスタシーとも呼ばれている)などです。これらのドラッグを一緒に摂取したり、ポッパー、アルコール、コカインと併用する人もいます。

ケムセックスに興じるための最も一般的な方法は、SNSです。この興奮状態のマラソンは週末(金曜から日曜)まで続くこともあります。多数存在するアプリと現代社会のインターネットの使用によって、このようなタイプの出会いが容易になりました。実際、ケムセックスに興じる人の多くはアプリで出会います。最も人気のアプリは「Grindr(グラインダー)」です。

ケムセックスに興じる人のタイプ

ケムセックスに興じる人の多くがゲイの男性です。一般的に、彼らは自分たちのことを男性と性行為を行う男性(MSM)と位置づけています。しかし、異性間でもケムセックスは行われます。

Apoyo Positivo (アポヨポシティボ :HIV感染者のためのウェブサイト、スペイン語のみ)の報告によれば、 39%の常習者が高学歴で、 83~85%が定職についており、96%がゲイだそうです。

なぜ危険なのか

ケムセックスを考えてみると、最大のリスクはドラッグ中毒であるということがよくわかると思います。時々行っていたことが、中毒的な習慣に変わります。

中毒に加え、性病(STD)に感染する可能性が高くなります。数年前から、マドリッドとバルセロナの病院は、男性のHIV感染者数が増加していることを発見しています。ケムセックスは、コントロールを失うことや無謀な性行為を促進します。結果として、性行為の相手が避妊具を使用する可能性が低くなります。さらに、一夜のケムセックスで複数人と性行為を行う可能性もあります。

ケムセックスは、B型肝炎やC型肝炎などの他の病気の発症も促してしまいます。これらの病気はヘロインブームだった80年代に流行しました。使用者は注射器を共有するため、病気がうつる可能性が高まります。最近ではこのタイプの病気の新しいケースも見られています。複数人で注射器を共有するためです。

ケムセックスが及ぼすのは肉体的な影響だけではないことを覚えていておいてください。心理学的なレベルでも影響を及ぼします。中度の不安症や鬱、精神的衰弱、視覚的・視聴的幻覚、急性・慢性行動的変化などです。

ドラッグ

ケムセックスに興じる理由

ゲイカップル間のセックスは、わたしたちの社会の中で偏見が持たれているということを覚えておかなくてはいけません。この潜在的な同性愛嫌悪は、ゲイセックスが不自然で禁じられたものとして認識されていることを意味します。

人がケムセックスを行う理由はいくつかあります。主な理由のひとつは、性行為中にもっと自信を持てるということです。自分の性志向に関するネガティブな感情を和らげることもできます。多くの人が社会の同性愛嫌悪を内面化して、自分自身や自分の性志向を受け入れることを困難に感じています。他にも理由はあります。性行為中の快感を高めるためにドラッグを使用する人もいます。肉体的な耐性も高まります。最後に、ドラッグは普通の状況であれば耐えられない痛みを伴う行為を経験することを可能にします。

お分かりいただけると思いますが、ケムセックスのデメリットはそのメリットをはるかに超えます。直近の危険にさらされている人たちだけでなく、社会そのものに対して対抗策を打つべきです。