子供の自殺-サマンサ・クーバースキーの事例-

· 2019年5月4日

社会において子供とは最も弱い立場の人間です。子供の正直さや想像力が、彼らを騙されやすくしてしまいます。また、自分がしていることの意味に気付かずに他者を傷つけてしまうことがあるのも子どもたちです。このような理由から、子供の自殺というのは未だに複雑な問題となっています。そこには微妙なニュアンスが色々存在し、このような振る舞いを見せる子どもたちに対して間違った対処法をしてしまう危険性はとても深刻です。

子供にとって、死とは理解するのが難しい概念です。愛する人の死に直面すると、多くの子供は亡くなった人のことを尋ね続けます。また、その人が生きているかのように日常生活を送ろうとする場合もあります。その一方で、「この世よりも素晴らしい場所に旅だったんだよ」というような典型的な言葉で納得する子供もいます。つまり、死に関して子供に与えられる説明には、様々なものがあるのです。それぞれの説明が大きく違っていて、全てがいつも正しいとも限りません。

それはともかく、子供が自殺について考え得るという事実を受け入れることは、私たちには理解しがたいことでしょう。大人になると、それを実行はしなくても、自殺についてふと考える状況があることもあります。しかし、大人は死が避けることのできない人生の出来事だということを理解していますが、子供は死というものを明確には理解していません。そのため、子供の自殺には多くの疑問が残っており、そのほとんどが答えが出ていないままです。

子供の自殺-サマンサ・クーバースキーの例

2009年12月2日、サマンサ・クーバースキーの母は、6歳の娘の遺体を発見しました。サマンサは自らの首にベルトを巻き付け、ゆりかごの上から吊るしていたのです。家族と救命士が懸命な措置を施しましたが、すでに手遅れでした。

自殺の数時間前、サマンサは母親と喧嘩をしていました。また、彼女が自殺を試みたとき、母親と彼女の姉妹は別室にいたといいます。警察によると、この事件に関して家族が関与している証拠はなかったといいます。

これほど小さな女の子がこのような行為に及んだことは、にわかには信じがたいと思います。これがただの事故だったのではないかという意見も多くありました。しかし、警察が見つけた証拠は、そのような意見を裏付けるものではありませんでした。サマンサは遊びのつもりが間違いへと繋がってしまったのか、母親との口論で抱いた怒りから逃げるために自殺をしたのか、母親への当てつけとしてやったのか、罪悪感を感じて自殺を選んだのかなど、大きな疑問が浮かび上がったのです。

「物事の見方を変えれば、その物事も変化する。」

-ウエイン・W・ダイアー-

そとを眺める子ども

カール・メニンガーと自殺行動の構成要素

社会学的もしくは心理学的な見地から自殺は分析することができます。サマンサのケースの場合は、心理的要因が根本的な意味を持っていました。特にアメリカの精神分析医であるカール・メニンガーの理論が応用できます。

彼は、自殺について様々な研究を行い、ある興味深い結論を導きだしました。彼は自殺が殺人衝動の反動だと考えました。つまり、他者に対する怒りや憎しみによって、自ら死を選択するというのです。また、彼は敵意の中に3つの構成要素を発見しました。それは、殺したいという意志、殺されたいという意志、そして死にたいという意志です。

しかし、それでも子供の自殺というのは非常に稀なケースです。通常、10歳以下の子供は何かしらのリスクがない限り、自殺しようとは思わないものです。そのためサマンサのケースでは、警察は彼女に最も近かった人々、つまり家族を調査対象としました。

犯罪行為を取り除く

サマンサの家族に疑惑が向けられたとしても、彼女が家庭内で虐待を受けていたという証拠は何も見つかりませんでした。また、サマンサを知っている人たちも、彼女は穏やかで明るい性格だったと強調しました。これは、サマンサが自ら命を絶ったという事実を、更に理解しにくくしただけでした。はたして、彼女は自分が実行しようとしていたことの意味を自覚していたのでしょうか?精神科医のカーク・ウルフ医師によると、サマンサはそれを自覚していなかったのです。

「9歳から10歳になるまで、子供は死の本当の意味を理解していません。しかし、このあたりの年齢になると、死が戻ってこれなくなる状況であるということを認識するようになります。」

この発言は、サマンサの事件を担当した人たちにも支持されました。最初から彼らは6歳の女の子が自殺をするとは考えておらず、法廷で自殺だという判決が下った後でも、サマンサが自分の身に起こったことを理解していなかったという考えは受け入れられていました。

子供に自殺について話すべきなのか?

このような事例を見ていくと、子供に自殺がどのようなものなのかを教えるべきか否か疑問に思うようになってきます。死が、子供たちにとってタブーとされるテーマだと捉えられないことが大切です。そのため、これはとても難しく複雑な問題であり、敬意と共感をもって取り扱われるべきです。

親に抱かれる子ども

それでも、遅かれ早かれ直面しなければならない問題を彼らに話すことは非常に効果的です。死とはいつか必ずくる避けられない出来事です。そして、誰もが人生の中で辛い経験を乗り越えていかなくていけません。だからこそ、例え自殺だけが逃げ道のように感じることがあっても、子供たちに自殺の他にも選択肢があるということ示してあげなくてはいけません。

このように考えると、他の事と同様に自殺について子供に話したほうがいいのかもしれません。そうすれば、身近な人の自殺を経験したかどうかにかかわらず、子供たちは自分の感情を表現する術を学ぶことができるはずです。子供の抱える恐怖心や問題を共有させてあげることで、彼らが今後悲劇的な選択肢をとることを防げるでしょう。